『マリアビートル』伊坂幸太郎

 

伊坂幸太郎さんはこれで4冊目。まだまだ初心者です。

読み終わったあとに知ったのですが、近日映画が公開されるのですね。しかも主演はブラピ!(七尾くんの役のようです)

 

 

面白くてぐいぐい読んでしまいました。

 

※こちらの記事には、本のネタバレが含まれます。

 未読の方、映画を見る前に原作の内容を知りたくない方は回れ右してくださいね。

 まあ、映画は原作とはだいぶ違う感じのハリウッド仕様ですけど(笑

 

最後はスカッとする某番組(わたしはそんなにスカッとしないので見ないけど←……)並の展開でした。

いろんな人物が交錯するので、どこに焦点を置いて感想を書こうか悩ましいです。

いくつかに分けてみます。

 

王子

このお話の主要登場人物のなかで、最も一般人ポジションにいるのに、最もまともじゃない人。

変な話だけど、裏社会に生きている(た)方々のほうが至極真っ当に見えてきます。

 

こやつサイコパスか」と思いながら読んでいたら、解説でも王子くんはサイコパスだと断言されていて、なるほどこれがサイコパスかと納得してしまった。

以下は、王子くんから見たら憐れみの蔑みを受けそうな内容です。

個人の感想です。ご了承ください。

(ちなみにわたしは王子くんみたいな人に出会ったら、まんまと騙されてしまいそうなお人好しタイプです)

 

逆に憐れんでしまいましたよ。かわいそうな子だなって。

 

頭がものすごくキレるのに、先の先まで読めるのに、大人を出し抜くことにも長けているのに、感情にはとことん疎い。

誰のかって? 他人に対する思いやり?

違いますよ。それ以前の問題です。自分の感情にですよ。

 

王子を取り巻くのは、ものすごい孤独と空虚感です。

彼の家族については(おそらく敢えて)まったく触れられていません。

唯一、祖母のエピソードが出てくるだけ。

 

両親は? 兄弟は?

中学生がひとりで新幹線に乗って外出していても、心配して連絡してこないような家庭なのか。

 

よくわからないけど、彼がおそろしく孤独なことはわかる。

そして、それを「寂しい」と思う感覚もとっくの昔にどこかへ置き去りにされたのだろうと。

 

頭が良すぎるから、同年代も話が合わない。

人と人の交わりで起こる感情の揺らぎは、理性的に分析されることで違う次元にいってしまっている。

内面は空虚で空っぽ。

人を上から下へ「見下す」ことで、自分のなかの孤独さや空虚感を見ないようにしている。

 

自分の子どものために人を殺そうとする木村さんの気持ちなんて、王子からしたら理解できないですよ。

だって、それを理解しちゃったら「自分のために誰かがそこまでしてくれるだろうか」って気づいちゃうもの。

 

だから「こいつ馬鹿だな」と見下すポジションにいる。

自分がコントロールできる位置に持っていくことで、安心を得ようとする。

 

裏を返すと、ものすごく怖いわけです。

自分がコントロールできないものに対して、真正面から向き合うことが。

突き詰めていくと、自分のこころのなかにある「弱さ」を見つめることが。

 

そんな彼にとって「どうして人を殺したらいけないの」は、自分の空虚さを埋めるための問いだったのだろうと思います。

そこに正解(納得できる答え)を求めていたわけではないんですよね。

 

だから、おそらく彼の周りの何人かは誠実にその人なりの考えを述べてくれているんだけど(例えば彼のおばあちゃん)、それが王子には届かない。

 

こんなにも頭がいいのに、人の言動の背景にある感情(気持ち)が、恐怖や絶望などのネガティヴな感情だけでなくもっと彩り豊かにさまざまにあるということについては、ひたすらに盲目です。びっくりするくらい疎い。

 

そして、感情のみならず。

後半に向かうに従って、王子くんの行動は抑制が効かなくなります。

 

もちろん抑制されると、ただの一般中学生の王子くんはそのまま舞台から下がってしまうので物語的には面白くないのですが

なんでそんなに、こんな危ない人たちにホイホイ付いていくの?」と思いませんでしたか。

 

一度のみならず二度三度と、運よく難を逃れています。(これがほんとうに幸運だったのかはさておき)

 

だんだん王子くんは高揚してきて、安全な高みポジションからリスクを冒して楽しむ方向へ行っています。

表面は「無害な中学生」を装う。でも、明らかに怪しいよ。

その冷静な判断力が、本物の裏社会の人と一緒にいて超怪しくなっていく。

 

これは推測ですが、初めてかもしれないくらい、王子くんは自分の「空虚さ」を埋める体験をされたのではないかと思います。

 

でも、自分の感情には超絶に疎い王子くん。

これ以上は危ないぞ」とか「気分が高揚して舞い上がっているな」とか、そういう感覚がわからなかったんだろうなと思います。(ある意味「自分は特別だ」と万能感に浸ってもいるし)

 

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

中学生ですもの。自分の感情をちゃんと掴めている子のほうがめずらしいかもしれません。

木村さんのお父さんでなくても、「若いよね、誰もが一度は通る道だよ」と思えるところにいる。

 

しかし、やっていることは中学生じゃなくても「お前それはやばいだろ」というレベルだったので。

しかもしかも。いちばん手をつけてはいけないところに触れてしまった。

引退して平和にスーパーの裏方をされている、生ける伝説の逆鱗に触れてしまった。

 

王子くんを眺めていて、某十二国記の阿選さんを思い出しました。

阿選さんのほうがまだ純情かな。(しでかしたことは阿選さんのほうが凄まじいけど……)

 

「どうして人を殺したらいけないんですか?」

王子くんが、作中で幾度となく繰り返す問い。

わたしは、誰かからこれを問われたらどう答えるだろうかとずっと考えていました。

 

わたしにも自分なりの考えはあるけれど、きっと王子くんにはご納得いただけないだろうな。

きっと、一見ロジカルに論破されてしまうんだろうな。

 

先述したように、王子くんは他人から納得のいく答えを求めていたわけではないと思います。だから、これは当然の帰結。

むしろ各々がそれぞれに自分のなかで「人を殺してはいけない理由」を構築していくことが正解ではないかと思います。

番人が納得する理由ではなくて、個人の物語として。

 

それを言うと、王子くんにまたロジカルに論破されてしまいそうですが(これ、出口のない迷路みたいだよね)

 

鈴木さんは、その辺をうまく整理してくださっているなあと思いました。

個人の考えと、社会の考えを分けて答えてくれている。

 

「世の中は、禁止事項で溢れているんだ。(中略)君が一人で存在している時には問題ないけれど、別の人間が現れた瞬間にたくさんの禁止事項ができる。そして、僕たちの周囲には、無数の、根拠不明の禁止事項があるんだよ。
(中略)
だからね、僕は不思議で仕方がないんだ。どうして、君たちは決まって、『人を殺したら、どうしていけないのか』というそのことだけを質問してくるのか。
(中略)
殺人よりも、もっと理由の分からないルールがたくさんある。だからね、僕はいつもそういう問いかけを聞くと、ただ単に、『人を殺す』という過激なテーマを持ち出して、困らせようとしているだけじゃないか、とまず疑ってしまうんだ」(マリアビートル P522)

 

鈴木さんは、辛い過去を背負っておられます。

わたしはこの物語の下地にある「グラスホッパー」を未読なのですが(近いうちに読みます!)

 

大切な人を失って、それでもまだ生きていかなければいけない。

半分屍のようになりながら、生を紡いでいかなければならないこと。

 

鈴木さんの過去は存じ上げませんが、淡々と感情を交えずに説明されていることに、逆に重みを感じました。

「逆ソクラテス」の久保先生を思い出しました。

 

マリアビートル

「レディバグ、レディビートル、てんとう虫は英語でそう呼ばれている。そのレディとは、
マリア様のことだ、と聞いたことがあった。
(中略)
マリア様の七つの悲しみを背負って飛んでいく。だから、てんとう虫は、マリアビートルと呼ばれる」(マリアビートル P540)

 

タイトルにもなっている「マリアビートル」の由来のくだりです。

 

王子くんって「要領の良さってこういう人のことを言うんだろうな」という塊のような人ですが

要領が悪いってこういう人のことを言うんだろうな」という代表のようなてんとう虫こと七尾くん。

 

なんというか、この物語で実は最も意味もなく(成り行きで)人を殺しているにも関わらず、なんか憎めないキャラである彼は、「マリアビートル」のタイトルを背負うポジションにいるんでしょうね。

おそらく「マリアビートル」は、てんとう虫こと七尾くんと、その相棒の真莉亜さんも掛けられているのかなとか勝手に推測してしまいますが(伊坂さんの作品まだ全然なので、この二人が他の作品にもご登場されるのか存じ上げないのですが)

 

王子が(ある意味)真剣に「どうして人を殺したらいけないの」と問うのと全然違うベクトルで、特に私怨も感情の揺らぎもなく、ただ必要に迫られて人を殺しておられます。

たぶんある意味で要領が悪いから。(本人の言葉を借りれば「運が悪い」から)

 

超鼻が効く木村さんにも「お兄ちゃん、あんたはまた、びっくりするくらい匂いがしないな」と言わしめるほどです。

考えようによっては、王子くんのほうがまだわかりやすい。

 

七尾くんは、めぐりようによっては裏稼業に身を置かずに、ただの平凡な運が悪い青年として生きていたのかもしれない。

 

だから、すごく不思議なんですけど、たぶんこの物語のなかでいちばん普通の人の思考の立ち位置に近い。(やっていることは、全然普通の人じゃないんだけど)

 

王子をただの中学生と認識したり、鈴木さんに同情してついでに自分の身の上話を話しちゃったり、物語の進行では七尾くんは足引っ張っているのか活躍しているのかよくわからない立ち位置ですが、不思議な人だなあと思いました。

 

運が悪いを突き抜けて行って運が良いような。

そして本人には自覚はまるでないけれど、「マリア様の哀しみも背負って飛んでいく」ような存在。

(本家の天道虫も自覚はないだろうから、その比喩はある意味で正しいのかもしれない)

 

結び

読んだあとに知ったのですが、「殺し屋シリーズ」として「グラスホッパー」「AX(アックス)」があるのですね。

 

 

映画と合わせて、こちらも楽しみたいと思います!

長くなりましたが、ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。

関連情報

3冊セットもあるようです。

▽ハリウッド版「マリアビートル」

タイトルは「ブレット・トレイン」だそうです。ハリウッド版ジャパンが舞台のようです。

▽この記事で取り上げたもの

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