昨年遠方に住む友だちに会いに行ったときに「もう合わせるのはやめたんだ」と話していて
「だったらこれを読むと良いよ」
と勧めてくれたのが本書です。
うーん、なんだかいまのわたしのためにあるかのような本でした。
というのも、ここ最近、自分では「これは違う」と思っているのに、頭でいろんなことを考えて不安が高くなって「これは違う」を打ち消して、でも身体の奥からまた「これは違う」というのが出てきて……というやりとりを延々と繰り返していたからです。
第一章 自分を生きる
自分の体はすごく厳密に出来ているから、本人が自覚しなくても、たぶん相当なところまでわかってるんでしょうね。(中略)体のほうはとっくに悲鳴をあげてるのに、頭で押さえつけちゃったりすることだってある。(中略)違うことをしているというサインを感じたときこそ、それまでの悪いサイクルから抜け出すチャンスかもしれない。
(P11 「違うこと」をしない 第一章 自分を生きる)
吉本ばななさんといえば、10代の頃にひたすら眠っていた時期があるという奇想天外なエピソードがありますが、それができるって、すごいことだなあと思います。
自分というものをみんな生まれてきたときに持っていて、だからみんな違っていいんだけど、外の声とかいろんなものが入ってきて、本来の自分がどうなのかわからなくなってしまう。
ばななさんは、それを”ノイズ”と呼んでいます。
ノイズは外からの声もあるだろうし、自分のなかで作り出しちゃうものもあるでしょう。
例えば、わたしはなんでもテキパキと手早く家事をこなす母親を見て育ち、最初の職場の先輩がこれまた超仕事が早い人で、「仕事ができるというのはこういうことを言うのだ」と思って、慣れない仕事なのにいつも慌てて早く早くと急かされるように追い立てられるようにやっていました。
あるとき、別の先輩とごはんを食べに行ったときに
「ミノリさんはほんとうはゆっくりのペースの人だよね。そのほうが合っているから、そんなに慌てて急がなくてもいいよ」
と言われて、目から鱗になりました。
今は転職して違う仕事に就いたのですが、その先輩に言われたことはいまでもずっとこころに残っています。
でも、その仕事に就く前にも、スローライフの本とか読んだり、ゆっくり丁寧に生活をする漫画にコミットしたり、自分でちゃんと意識する前からその傾向はあったのです。
当時、何度も読み返していました。
第三章 わたしを生きる
ずっと評価されない環境にいると、人って、どんどん自信をなくしていくから。自信を取り戻すには、自分のことをちゃんと評価してくれる環境にいることが大事。
(P107 「違うこと」をしない 第三章 わたしを生きる)
わたしはけっこう自分に厳しく、でも理想通りに動けた試しがなく、理想と現実のギャップに悩まされてきました。(それを世の中では完璧主義と言うのだ)
昔に比べたらだいぶマシになってきたんだけど、それでもノイズを拾う癖はなかなか修正できなくて、できないし合わないのに「それをしない自分は甘い」と自分を追い詰めていました。
でも、最近「もう自分をいじめるのはこの辺でやめにしていいんじゃないか」と思うようになりました。
辻村深月さんの「青空と逃げる」を読んで、「逃げるのも悪くないな」と思ったのもここ最近です。以前は「それは逃げだ。甘えだ」と自分を追い込んで、「でもできない」のループに入っていた。
長年の習性ってそうそう簡単に抜けるものではないのです。幼少期から培われてきたものだと余計に。
でも、人は変わっていけるし、自分のなかにちゃんと答えはあるんですね。
第四章 対談 吉本ばなな+CHIE
「違うこと」をしないときの自分は、とっても素直です。なんていうか、身体が無理をしていないのがわかる。
「違うこと」をしているときの自分は、頭のなかでいっぱいノイズが出ている。すごくしんどくなっている。拒否感がいっぱい出ているのに、それを一所懸命頭で打ち消そうとしている。
『本当は行きたくないのに「約束したから」とか「この人には会わなきゃいけないし」とか、何かと理由をつけて行こうとしている時って、言い訳が長くなる。そういう時は、流れに逆らってるんだって。』
(P123 「違うこと」をしない 第四章 対談 吉本ばなな+CHIEのCHIEさんの発言)
結び
「違うこと」をしないって、簡単なようですごくむずかしい。
ノイズは外にもなかにも、いたるところにある。
自分のなかに答えはあっても、身体とこころは接続不良に陥ることもあるから、キャッチできなくなることもある。
いまは「そうだ!」と思っていても、またノイズにまみれて見えなくなることもあるでしょう。
その度に、立ち返って「これは違うことなのかな」と考えることは、とても大事だと思います。
関連情報
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