(アイキャッチの画像は単行本版です)
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今回は辻村深月さんの「青空と逃げる」です。
この本はタイトルの通り、”逃げる”ことがひとつの大きなテーマになっています。
本を読んだ感触をもとに、ほかの作品(辻村本以外)も引用しながら、”逃げる”ことについて考えてみたいと思います。
※本書の大きなネタバレはしていませんので、未読の方が読まれても大丈夫かと思います。
どんなお話?
小学5年生の男の子の力(ちから)と、その母親である早苗の母子は、父親で劇団に所属する舞台俳優の拳が交通事故に遭ったことがきっかけで、スキャンダルに巻き込まれます。
ある日父親の拳が姿を消したこと、またある出来事がきっかけで母子は住処である東京を離れ、逃げます。
舞台は四万十(高知)→家島(兵庫)→別府(大分)→仙台(宮城)と移ります。
それぞれの場所で、力と早苗、それぞれの視点から交互に描かれます。
互いに言えないこと、まだ言葉にして語れないことを心理描写として描くのは、さすが辻村深月さん。巧みです。
逃げることについて考えてみる
このお話の題名にもあるように、テーマは「逃げる」です。
わかりやすいところでいうと、エルシープロから逃げているのですが、物理的な逃げだけではなく、いろんな「逃げる」が物語には含まれています。
物理的に逃げることは、こころのなかで見たくないもの、いまは向き合いたくないものから逃げることにも繋がります。
例えば、早苗は逃げる動機になった出来事を、ずっと力に聞けずにいます。
力もまた、例えば学校に戻ることから逃げています。
父親のスキャンダルがきっかけで、仲の良かった友だちともギクシャクとしてしまい、学校は彼にとって安心できる場所ではなくなっているからです。
辻村作品での「逃げる」一例
「逃げる」を題材にしたお話はこれまでにもありました。
例えば、辻村深月さんの小説で、「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」とか、「朝が来る」等にも描かれています。
「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」は主人公の友人チエミが、「光待つ場所へ」は「広島のお母さん」ことひかりが、それぞれの事情で逃げています。
ただ、これらの作品は逃げる人そのものがメインテーマではありませんでした。
逃げている当人以外の視点のほうにも力点がおかれています。
例えば「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」は赤ちゃんポスト(作中では『天使のベッド』)が、「光待つ場所へ」は子どもを産むこと(望まない妊娠、不妊治療、特別養子縁組)がどちらかというと物語の中核を占めています。
ほかの作品から逃げるを考えてみる
村上春樹さんの「海辺のカフカ」でも、主人公のカフカくんは父親から逃げて四国までやってきています。
カフカくんは、たまたまバスで知り合ったさくらという女性からこんなことを言われています。
「私も君くらいの歳のときに、一度家出をしたことがあるんだ。・・(中略)・・親のお金を盗んでずっと遠くへ行ったの。・・(中略…さくらの家出はうまくいかず、警察に連れ戻されてしまう)・・そのときつくづく思ったんだ。とにかくなんでもいいから、どこに行っても仕事にあぶれないように、手に職をつけなくっちゃってね」
(海辺のカフカ 上巻 第9章P153)
サクラさんはとても現実的で常識のあることを教えてくれます。
そう、逃げるというのは、その目の前にある向き合うのが難しい現実から距離をとるのには有効なのですが、けっこう大変なのです。
逃げた先で、どう生活していくのか。
当然お金は必要になるし、住むところとか、仕事とか、長期的な視点でいけばそういうことも考えていかなければなりません。
お金があればまあなんとかなるのかもしれないけれど、現実はそんなに余りあるほどお金があるわけではないだろうし、長く滞在すれば、そこでの関係性も生まれます。
そうすると、逃げる動機となった出来事からは逃げているけれど、また別のものに向き合わなければならなくなる。
「逃げるは恥だが役に立つ」より
全然違うベクトルで、「逃げる」というキーワードで思い出す。
こちらは漫画ですが、海野つなみさんの「逃げるは恥だが役に立つ」。
ドラマ化もされましたね
同じ「逃げる」でも、次元やベクトルは全然違うのだけれど、やはりどこか通じるところがあるのです。
例えば、7巻でみくりはモヤモヤしていたときに、平匡さんから「正式に籍を入れよう」と言われ、ショックで宇宙の果てまで飛んでいって(妄想のなかで)、「ちょっと距離を置いてもらえませんか」と言い、おばさんである百合ちゃんの家にエスケープします。
そのあとみくりは友人のヘルプで商店街の活性化に尽力するなか、自分の進みたい道を模索します。
せっかく両思いになれたのに、破談になっちゃうかもしれないのに(逃げ恥の平匡さんは理解ある人だったので良かったですが)、それでも一旦エスケープ(逃げる)する必要があった。
逃げることの効用
逃げるのはある意味命がけです。でも、ベクトルを変えることで、最終的に問題と向き合う解決策が見つかることもある。
逃げることの効用として
1. 問題と距離を置くことができる。
渦中にあると見えなくなってしまうことや、堂々巡りになってしまうこともあります。
一旦離れて距離をとることで、問題と自分を客観的に見つめ直す機会になります。
2. 全然違うことをすることで、その間に成長できる。
向き合う物事それ自体とは全然違うことをすることが、その人にとっての成長や肥やしになることがあります。
例えば、本書では早苗は仕事を探したり、自分にできることはないかなと模索するなかで、これまで忘れていた自分の持ち味を見出します。
力は、知らない人と出会って色々なことを学んだり、大人に助けを求めること、自分のできることをどんどんやっていくようになります。
で、一見本質的な問題から逃げているようなんですが、内面では逃げていることを意識している状態は続きます。でも、答えは見つからないから、脇に置いている。
実はこのことも、すごく大事なんだろうなあと思います。
3. 最終的に問題と向き合うときに、答えが見つかる。
逃げていても、いつか向き合わないといけないときは、だいたい必ずやってきます。
自分のなかで、折り合いがついて「あ、もうそろそろかな」と思ったときがタイミングなのかなと思います。
もしかしたら、一見向き合わず逃げているように見えて、見えないこころの内面で実はずっと向き合っているのかも。自分のなかで時間をかけて熟成されていたとも言えます。
それはいつやってくるかわかりません。
最初に想定していたのと、全く異なる答えが導き出されるかもしれません。
でも、それは自分でちゃんと導き出された答えであれば、迷わないと思います。
例えば、休職するとか、不登校になるとか、一見社会からしたら「逃げる」と取られることにも、こういう意味合いが含まれているのではないかなと思いました。
もちろん、逃げるのであればできるだけ準備は怠りなく。
そして、できたら全然違うことをやってみる。
結び
「逃げる」という言葉には、ネガティヴなイメージがありました。
でも、改めて考えると「逃げる」って実は生きるためにとっても大事なことじゃないかと思えてきた。
向き合うことはとても大切です。
でも、向き合い方にも色々あります。
逃げるのも、案外悪くない方策です。
関連情報
ブログで取り上げた作品一覧です。
※2019年12月追記
▽別のお話に友情出演されていました。
たいてい小説を読む時は、それがなんのお話かはわからないまま読み進めます。わたしの場合、あらすじを見て選ぶよりも作家さんの名前で適当に選びます。(ときどき知らない作家さんの本を選ぶときも、特にあらす[…]