花本先生から見た『ハチミツとクローバー』考察

年末に『3月のライオン』14巻にハチクロのメンバーが出てきたことをきっかけに、久しぶりに羽海野チカさんの『ハチミツとクローバー』を読み返すことにしました。

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ハチミツとクローバー コミック 全10巻セット (クイーンズコミックス―コーラス)

 

全10巻なのですが、30巻分くらいの濃密さです。

わたしは漫画を読むのは早いほうだと思うんだけど、ハチクロは読むのに時間がかかった。

 

昨年の3月に初読したまだまだ若葉マークの読者なのですが、わたしなりに考察をしてみたいと思いました。

初読のときは、割と竹本くんにコミットして読んでいたけれど、今回は花本先生の視点からいきたいと思います。

 

『ハチミツとクローバー』とはどんな漫画?

浜山田美術大学(通称浜美)を舞台として、美大に通う学生を中心とした恋愛ストーリー。

……というとなんだかとてもお洒落な雰囲気漂うイメージがあるのですが(わたしの先入観はまさにそれだった)、そこは羽海野先生らしく、コミカルでウィットに富んでいます。

人間関係もそうだけれど、才能のある・なしの両方の葛藤も描かれていて、全体的に笑いもあって明るいけどテーマ自体は重いものを扱っている。そして、最終巻まで全員片思い!

 

花本先生

本名は花本修司さん。物語が始まった時は30歳とちょっと。

ヒロインのはぐみは、従兄弟の娘さんで親戚。はぐみが夏休みに美大から帰ってきた修ちゃんの実家に遊びに行く描写があって、きっと小さい頃から絵を描くという共通の話題があって仲が良かったのでしょう。

はぐみからしたら親戚のお兄さん的存在。花本先生からすると、はぐちゃんは目に入れても痛くない、ある意味保護者よりも美味しい超甘やかしボジションの存在。

 

ハチクロのなかの花本先生の立ち位置

ハチクロとは登場人物全員片思い⭐︎なすごい漫画です。

人を好きになるのってこんなに切なくて苦しいものなのか、というくらいみんな片思い。

 

こういう時、一組くらいは夫婦のように両思いのカップルがいたり、どっかのカップルがくっついたり離れたりするのが定石ですが、ハチクロはそんな生やさしいことはしてくれません。1巻から10巻までほんとうに一方通行ばっかり。

 

そのなかにあって、花本先生はある意味別ポジションにいたかに見えたのです。

物語のヒロインである花本はぐみ(はぐちゃん)の保護者的ポジションです。

 

そもそもこの漫画は、はぐちゃんが浜美にいる4年間を描いた物語といっていい。

花本先生は、はぐちゃんを見守りケアをする保護者的役割として、また若者たちを見守る大人として、美大の先生という安定のポジションでいつもそこにいました。

 

それが10巻でまさかのダークホースに化けた!

きっとリアルタイムで追っていた読者はびっくりしたと思います。ええ、わたしもびっくりしました。

 

はぐちゃんの三角関係には、竹本くんと森田さんという若者がいたのです。

それがまさかの最後に花本先生! しかもちゃっかり「大好きだとも!」と公衆に宣言までして! こんな大番狂わせってあるのか? あったんです。

 

もちろんその背景には、はぐちゃんの右手の損傷という大きな事故が影響しているのですが、それだけではないなあと思いました。花本先生とはぐちゃんは、もっと大きな縁で繋がっていたのです。事故はとても痛ましく過酷な試練ではあったけれど、それはふたりの流れからすると、小さなきっかけに過ぎないのだと思いました。

 

花本先生の背景

まさかのダークホースな花本先生ですが、いや、よくよく考えると真山くんの意中の人リカさんと同年代の花本先生は、確かに年上の大人で20台前半の若者たちからするともうおじさんなんだけど、全然まだ若いよね。結婚もしてないのに独身なのにあの隠居したかのような雰囲気はおかしいよね。

で、改めて花本先生の視点で見ると、なんだかとても切ないのです。

ハチクロは、登場人物一人ひとりの背景がけっこう胸が痛くなる切なさがあります(竹本くん然り、森田さん然り、はぐちゃん然り……ああやっぱりこの4人は連環だなあ)

 

花本先生を語る上で欠かせないのが、原田さんとリカさんとの関係です。

原田さんの死は、花本先生とリカさんにそれはそれは大きな傷を残しました。

 

「上手いコトバがないんだよ 原田も理花も 恋人とも友だちとも違った ただ大事だったんだ オレにとって 一生のうちの一番大事だった時間を一緒に過ごして 同じ部屋で同じものを食べて 同じ空気を吸って もう自分の カラダの一部みたいに思っていた」(ハチミツとクローバー2巻)

 

花本先生は、絵は好きだけれど、好きなだけではやっていけないことを美大に行って突きつけられた人です。竹本くんにポジション的には近い。

しかも、居場所がなくてひたすら一人でキャンバスに向かっていたところを、原田さんに拾われています。リカさんと背景は全然違うんだけれど、孤独でお腹を空かせているところを拾われた子犬のような感じは二人ともよく似ています。

 

これまた竹本くんに似ていて(笑)、自分探しの旅もいっぱいしています。その度に原田さんとリカさんが探しに来てくれています。(7回もやっているということは、自分探しをちゃんとさせてもらえなかったということでもあると思う。その点竹本くんは良かった。邪魔されずに自分探しに行かせてもらえたので、帰ってからの彼は器が大きくなっていた)

 

この3人の関係はなんとも不思議なんだけど、しかもリカさんも入って原田さんと男女の関係になったらパワーバランスは崩れそうなんだけれど、なんか均衡を保てていた。

でもやっぱり不均衡なんですよね。

いつかどこかで崩れる恐れがあった。それが柱になっていた原田さんが不慮の事故で亡くなるという最悪のパターンを踏んでしまった。当然のように、花本先生とリカさんの二人ではうまくいきません。だって二人とも、原田さんを柱にしていたのです。二人とも、互いを支えられるほど強くなかった。自分ひとりでは立てない者同士だから。

ある意味原田さんが亡くなることで、やっとひとりで立って歩きなさいよと突きつけられた。その方法は、花本先生とリカさんでは全然違う道のりです。

 

時系列ははっきりとはわからないのだけれど、おそらくリカさんと別れたのとほぼ同じか少し後くらいのタイミングで、花本先生ははぐちゃんの声にならないSOSをキャッチします。

 

はぐちゃんも、孤独です。才能はあまりあるほどにあるけれど、それゆえにとても孤独な女の子。そして、絵を描くことに関しては天才だけれど、描き始めると没入して水を飲むのも忘れてしまう。そばにいて、ケアをして支えてくれる人を必要としていた。

はぐちゃんは、とことん孤独であることを知っているから、物語のなかで実は誰よりも聡い人です。

自分のできること、できないことをちゃんと知っている。父の従兄弟である花本先生がどれくらい自分を助けて守ってくれているわかっている。9巻で既に彼女は迷っています。彼女が長野に帰ろうとしているのは、花本先生にこれ以上迷惑をかけられないと思うからです。(逆にいうと、自分がひとりではやっていけないこともわかっている)

 

誰かをケアすること、誰かの役に立つことは、実は自分を癒すとってもシンプルな方法のひとつです。

原田さんの死によって魂の半分が持っていかれた状態(ゆえに、若いんだけど既に隠居しているかのような雰囲気)の花本先生にとって、はぐちゃんはまさにうってつけの相手だったのです。ここはリカさんはダメなんですよね。

 

しかも、はぐちゃんは原田さんたち同様”才能を持つ側の人”です。

ある意味では、”持つ人”は”持たざる人”のサポートを必要としている。

 

”持つ人”同士はエネルギーが高すぎて、引かれあってもサポートする役割にはなれない。(はぐちゃんと森田さんがまさにこれ。原田さんとリカさんは、実は花本先生という緩衝材があることで保てていたのだと思う。そう思うとこの3人は原田さんが中心だけれど、3人いてやっと立てる状態だったのかもしれない)

 

花本先生は、しかし、ちゃんと常識のある大人なので(実はこれが平凡だけどものすごく大事なのです。竹本くんもこれを持っている。これはある意味、天才の真逆じゃなかろうか)、自分のエゴとも葛藤しています。はぐちゃんが大事だからこそ、自分のエゴに巻き込みたくない思いもある。

そして、9巻あたりで、はぐちゃんがもうすぐ4年生の終わりを迎える、今後について結論を出すことが近づいている時期に、あの事件です。

花本先生も、はぐちゃんも、お互いに相手のことを思うからこそ遠慮して引こうとしているその時に、ガツンと試練がやってきた。

何が自分にとって大切か、見極めなさい」と。

 

花本先生とはぐちゃんを繋いだ縁

はぐちゃんの出した結論、選んだ相手は花本先生でした。たぶん、これは手を怪我しなくても彼女は選択肢にずっと持っていた思いです。でも、それは花本先生に悪いから、引っ込めようとしていた思いでもあります。

そして、花本先生ははぐちゃんが結論を出す前から、もう迷っていませんでした。

 

散々恋愛模様が入り乱れてきたお話のなかで、いちばん恋愛から遠かった人が保護者ポジションから降りてきた。

でも、なんていうのか、花本先生は恋愛フィールドに降りてきたわけではないんですよね。原田さんの死によって半分この世で隠居していたけど、ちゃんと生きるフィールドに戻ってきたといったほうが正解かもしれない。(恋愛フィールドは生きるフィールドのあくまで一部)

 

花本先生とはぐちゃんを見ていると、人の縁を繋ぐのは、恋愛だけじゃないんだと思いました。

もちろん恋愛も大事な要素のひとつではあるけれど、それが全てではない。

 

3月のライオンに繋げて考えてみる

『3月のライオン』で、主人公の零くんは、将棋が好きでプロ棋士になったわけではなかったことに、ずっと後ろめたい思いを持っていました。

でも、彼にとって将棋は必要なもので、切っても切れない縁があったのです。

これもちょっと似ていて、好きだから縁があるとは限らないのです。もちろん”好き”は何かを始めたり続けたりする大事な動機のひとつではあるけれど、それも要素のひとつであって全てではない。

”好き”から始まるものも確かにあるけれど、後から”好き”が追いつくものもあるんだろうなあ。

 

結び

たぶんわたしが、10年前にこの漫画を読んでいたら全然違う感想を抱いたと思います。

年代的に花本先生に近いので、今回は花本先生にコミットして読むとなんて切ないんだ! と思いました。花本先生は大人なので、あんまり自分のことを出さないし、ちゃんとそれでも日常を生きていける力を持っている人だけれど、でも救いや癒しをやっぱり必要としていた人で、ちゃんと生きるフィールドに戻ってこられて良かったなあと思います。

ハチクロを読み返してから、改めてライオンの14巻を読むと、花本先生はなんか昔よりイキイキされている感じがする! 真山くんとか野宮さん(野宮さんは年齢的に中間のイメージ)に近づいてむしろハチクロ1巻より若返ってないですか。いやもう、ちゃんと生きている感じがする。

 

まだうまくまとまりきれていない感じがするのですが、少し自分のなかで深められて良かったです。

もうちょっと深めて言葉にしていけると良いなあ。2019年の頭に宿題をもらった感覚です。

ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。

 

 

関連情報

▽主にこの辺から。(3人が将棋している表紙は3月のライオンへの布石…)

▽全巻セットも!

▽ハチクロメンバーが大活躍の夢の14巻

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