細田監督の作品は、わたしは「おおかみこどもの雨と雪」から。
今回は最初「DVDが出てからでいっかー」と思っていました。
はい、事前告知の罠にはまってしまった人です。
特に1週間前の冒頭3分公開でメインテーマ「U」にすっかり魅了されて、millennium paradeのMVも公開されて、どっちも延々と何度もリピートして聴いていました。
というわけで、まさかの公開2日目に観に行ってきました。
※映画のネタバレをかなり含みますので、未視聴の方はご注意ください。
※長いです。読む人はがんばって読んでください。
細田ワールド全開
「サマーウォーズ」の世界観もどこか既視感のある今作。
仮想世界「U」と、現実世界の冴えない女子高生すずの物語が、まあどっちも素敵です。(ああ言葉の表現力のなさが!)
つまり「U」の世界観はもちろんすごいし魅力的なんだけど
一方で、ちょっと日々の人間関係というか生き方が不器用な繊細な年代の描き方も秀逸。(細田監督はこの辺の心理描写の描き方が個人的にとてもうまいと思う)
そして今回はそれらが融合して”すずとベルがひとつになる”過程が、とてもよく描かれています。
そしてそして、全体的にみんな優しくて温かい。
暴力的で怖いものや集団心理の危うさとかも描かれているんだけど、それを通り越して人の良き側面が物語全体を包んでくれているから、全体的な余韻が心地良いのです。
まあ、終わった直後は、いっぱいいろんなことが処理しきれなくていっぱいいっぱいになりましたが。
映像や音楽(中村佳穂さんの歌声がこれほどかというほど作品にマッチしている)の素晴らしさはもちろん、すずの物語としてもとっても良いなあと思いました。
▽映画予告編
感想:人の二面性 “オモテ“と“ウラ“
現実世界と「U(ユー)」という仮想世界のように、この物語は”オモテ”と”ウラ”がよく描かれています。
「U」はインターネットの仮想世界なんだけど、生体認証によって自動で生成される「As」は文字通り「もうひとりの”私”」
自動生成されるという設定がミソで、これは自分で自分の思い通りの「もうひとりの私」が作れるわけではないのです。
そこに表現されるのは、自分の内的なもので現実に表れていない潜在的なものも表現される「私」
現実で抑圧されているものも取り込まれます。
ある意味では、仮想世界でもう一度「生まれる」ことになる。生まれる姿は、選べない。それは現実のいろんなものも含まれた「もうひとりの私」。
一度できたAsは、それ以外の別ものにはなり得ない(アカウントの乗っ取りや二重アカウントは実質不可能とされている)
「現実はやり直せない。Uならやり直せる」は、そういう背景を考えるとなかなか奥の深い言葉だと思います。
現実世界の”オモテ”の私。Uの世界の”ウラ”の私。
現実世界の人から見えている”オモテ”の私。人に見せていない”ウラ”の私。
Uの世界で見せている”オモテ”の私。Uの世界で他のAsに見せていない”ウラ”の私。
そういったいろんな二面性が、物語のいろんな部分に使われています。
実際、人はいろんな面があるわけで、いつも見えていることだけが全てではありません。
いろんなものを含めて”私”だから、見せていない部分があっても良いのです。
でも、その差があまりに大きすぎると、歪みができてしまう。
そして、人はやっぱり見えている部分だけに注目しやすい生き物でもある。
見えていないところが不安になって、暴きたくなる生き物でもある。
感想:すずの物語
すずは、息をするように歌うことに喜びを見出した女の子です。
そこには、優しくて温かい母の存在がありました。
その母が不慮の事故で亡くなったこと、自分の目の前で自分以外の子どもを助けるために去っていったこと、母の死について謂れもない誹謗中傷を受けたことが、ものすごく大きな傷として残ります。
その傷によって、歌うことが大好きだった女の子が人前で歌えなくなった。
全体的にすずをまとっている空気が暗くて陰湿なのは、そういった背景があるから。
でも、周りの人が温かいですよね。
お父さんも、大事な妻を亡くして娘と二人っきりで大変だったろうに、毎日すずに話しかけています。毎回すずの返事は冴えないんだけど、打てども響かないことをずっと続けていくのってこころが折れそうになると思うんだけど、それを続けてきたのはとても大きなことだったんだろうなあと思います。
合唱隊のおばさまたち(母の知り合いでもある)も、小さい頃からずっとすずを見守ってきたんだろうなあ。(この人たちちゃっかりベルの正体に気づいていて、超ハイテクなスーパーおばさまたちだった)
ヒロちゃんみたいな友達がいることも、大きな支え。ヒロちゃんはすずのウラも知っていて、文字通りウラオモテなく接してくれる親友です。ちなみにベルの知名度アップは、彼女のプロデュース能力がなければ成り立たなかった。(物理の初老の先生にキュンキュンしているヒロちゃんもすごく好きです)
そして、しのぶくん。母を奪った川に引っ張られそうだったすずを、引き止めてくれた人。ずっとずっと見守ってくれた人。すずはプロポーズと勘違いしたと黒歴史のように感じているところがありますが、あれ実はそんなに検討はずれでもなかったんじゃないだろうか。
(ちなみにしのぶくんは最初から最後までイケメンでした。物語の後は、保護者ポジから恋人ポジに変わったしのぶくんを巡って、第二次陣取り合戦が繰り広げられるんだろうなあと思うと面白いですね。虐待モラハラ男に立ち向かうよりも、そっちのほうがリアルに大変そうだ)
すずはものすごく大きな傷を負ったんだけど、ずっと周りには彼女を優しく見守って支えてくれる人たちがいた。
それでも、傷ってそんなに簡単に癒えるものではないし、臆病になった生き方はそうそう変えられるものではない。その期間に培われなかった自信は、一歩を踏み出す勇気をとてつもなく高いハードルに変える。
そのハードルを越えるのには、そういう周りの人たちの優しさが実は結構下支えになっているんだろうなあと思います。もちろん、最後に一歩を踏み出すのは本人の勇気だけれど。
そして竜は、どこかですずと似ているところがあったんだと思う。共鳴するというか。
ただし竜の現実の環境は、すずに比べるとずっと孤独で過酷。
どっちがマシとか、そういうことは比べるものではないと思うけれど、誰も信じられる人がいないなかで、家族という狭い共同体のなかで虐げられ守るという両方を背負う彼は、それこそオモテとウラがぐちゃぐちゃになるような世界に生きていると思う。
Uでは、Asの竜の背中には痣がどんどん増えている。それは現実に虐げられてこころに残る消えない傷。
竜の城は、あの兄弟がUの世界で安全に過ごせる場所になっていたんだろうけど、でも守りや安らぎが保証されたわけではなくて、竜自身はずっとひとりで苦しい思いを抱えていた。(AIが隠していたのは、それなりの何かが働いていたのかなと憶測します)
「救う」とか「助けたい」とか、生半可な気持ちでは言えることではないです。
すずのとった行動はとても勇気のある第一歩だったけど、彼らのこれからはまだまだ過酷だと思う。それはあの兄弟の人生で。
それでも、傷を負った人が誰かを助ける、誰かの役に立つーー偽善ではなくて、その人が心から思う行為として動くとき、それはとても強力なパワーになります。
知らない誰かのために命を落とした母と同じくらい(もしかしたらそれ以上の)勇気のある行動をすずが取れた。どこにいるか名前も知らない誰かのために。
その歌声は、ベルという仮面をかぶらなくても、人々のこころに届いた。
その行動が、そのあとの現実での行動に繋がった。
すずにあったオモテとウラが、現実世界でもUの世界でもひとつに融け合った。
すずの行動には賛否両論あるかもしれないけれど、何事にも一歩を踏み出すことができなくなっていたーーいろんなものを諦めて無気力になっていた彼女が、そうやって踏み出せたのはすず自身の物語として意味のある行為だったと思います。
*
ちなみにベルの歌声に共振するようにたくさんのAsたちから光が溢れ出たのは、人々のこころの持つ良き側面が表現されたのだろうなと思います。
謎の野蛮な竜という存在に畏怖するのも、それをヒーローみたいに崇めるのも、それを利用する人々がいるのも、人の人たらしめる側面をよく表している。
ネットや仮想世界は表現のされ方がリアルと少し違うけれども、人がいるから成り立つ構造や表れ方はやはり同じなんだろうなあと思います。(それは、このコロナ禍も同じ)
おまけ1:他の人のオモテとウラ
メインはすずなんですが、ついでに他の人のオモテとウラも取り上げてみます。
その1:すずが対峙したあの人
徹底的に虐待モラハラ男として描かれている兄弟の父親です。
この人、なんか悪役って言葉が似合わない。
だってこの人、自分で自分のことを悪いとこれっぽっちも思ってない。しかも、こういう人って結構いる。
オモテでは母親のいない可哀想な兄弟を育てる良き父親という世間の同情を集める仮面を被って
外見には良い人を演じる。大人には良い人、良き父を見せる。
ウラでは、子どもたちに暴力を振るう。
映画では母親の所在についてはっきりと触れられていませんが、耐えきれずに子どもを置いて出て行ったか(こういう人は間違いなくモラハラ夫で奥さんにも暴力を振るう)、あるいは亡くなったのか。写真の顔の部分が割れているような描写があったから前者かな。
そんな彼は、AsではUの世界を守る正義のヒーローです。(明言されていないけど、まあわかるよね)
Asがその人の潜在的なものまで読み取るのなら、この人の願望は世界を救う正義のヒーローなんだろう。
ただし、そこは仮想世界Uの世界。悪は地球外からやってくる異星人ではなくて、As(人間)です。
つまり、目に見えてわかる悪ではなくて、「誰の目から見て悪になるのか」
自分にとって都合の良い世界、秩序を乱す存在が彼にとって悪です。
竜は格好の標的。周囲に忖度しない竜は、構図としてヒーローの威光を示すのにとてもわかりやすい。
アンヴェイルの能力や、背後についた多数のスポンサー(笑)は、さらに彼に「自分は特別な存在」としての万能感を満たします。
さぞかし気持ちが良いだろうな。「現実はやり直せない。Uならやり直せる」が、まさに当てはまる。なんとも皮肉ですね。
その2:ルカちゃん
これは良い意味で裏切られたオモテとウラです。
ルカちゃんといえば、学校という狭い共同社会でどこにでもいそうなマドンナ的存在(この表現古いかしら)。スクールカースト(これも古い?)、ヒエラルキーで頂点に立つ側の人。
美人で明るくて可愛くてスタイル抜群で吹奏楽でもエース的存在で、モテるし誰からも羨まれる存在。
「ルカちゃんならシノブくんと付き合っても、まあ仕方ないよね(敵わないし)」と言わしめる人。
すずがしのぶくんと手を繋いだ(正確には手を握られた)だけで炎上するのとはえらい違いです。
そのルカちゃんのウラ。
ヒロちゃんが推測したような、しのぶくん陣取り合戦(勝手に命名)を裏で手を引いていた真の黒幕がルカちゃんなら、「まあ美人は性格悪いよね」で万事丸く(?)おさまるんですが……
まさかのルカちゃんの意中の人はみんなの予想の斜め上を行っていました。
すずの前で、普段の人前では見せない顔を見せたルカちゃん。
「やばい、この子めちゃくちゃ良い子じゃん!!」と逆のベクトルで衝撃的。
かわいいのにこれは反則だわというくらい良い子だった。
吹奏楽ではみんなを引っ張っていくエースだし、シノブくんとも普通に話せるし
困りごとなんてなにひとつなさそうなのに
自分の好きな人(カミシン)の前では顔を隠してしまうくらいまともに話せない。(なんなのルカちゃんかわいすぎるだろう)
逆にすずのほうがカミシンと普通に話しているよ!(察するに彼らはしのぶくん含めて幼なじみではないかと)
こういうオモテとウラもあるんだなあ。
これも、オモテだけを見ているとわからない人の側面です。
きっとすずはルカちゃんとカミシンの中継地点としてこれからルカちゃんともっと仲良くなるんじゃないかなあと想像するとニマニマしてしまいます。(キモくてすみません)
その3:しのぶくん
※ここはちょっと妄想も入っています。
しのぶくんはなんで、人前で歌わないすずがベルだとわかったのか。
百歩譲ってね、合唱隊のおばさまたちが気づいたのは良しとしましょう。
おばさまたちは小さい頃からすずの歌声も(隅っこで歌っているし)知っていたかもしれない。
人前で歌えなくなっても、合唱隊に居続けたのって大きいと思うんです。すずにとって同年代じゃないそういう居場所があって良かったなあと思う。
でもしのぶくんは??
しのぶくんは、すずの母親が亡くなってから、ずっとずーっとすずのことを気にかけてきました。
それこそ保護者ポジション的な立ち位置で。
すずが認識している以上に、おそらくしのぶくんはすずのことを見ている(笑)
もちろんベルの歌声もヒントになったと思うけど、Asのベルのオモテに見えづらいちょっとした自信がないところか、仕草に表れるその人の癖とか、そういうのを見て気づいたんじゃないかなあ。
多くのAsにとってはベルの歌声とか容姿とか、ほんとうに目立つところしか見えていないと思うんだけど(だからこそ見当違いな予想がされる)、でもやっぱりAsは「もうひとりの私」で、どこかにその人らしさが表れている。
これは、例えばジャスティンにも表れています。一見正義の味方っぽいけど、言動の端々に自分の意が通らない相手へのモラハラ気質が隠しきれていない。
それは現実ですずと対峙したときの構図が、驚くほどUの世界でベルと対峙したときの構図に似ていたのに如実に表現されています。
ベルのUでの行動のすべてを見ていたわけではないと思うんだけど、例えばすずがベルとして活躍しはじめてから現実のすずも表情が明るくなったなとか、よく見ている人だからこそわかるポイントがあったのかもしれない……と妄想してしまいました。
あと、これ書いていて思ったんですが、しのぶくん一歩間違えればストーカーじゃないかとか思いました(笑)。イケメンで良かったね(イケメンやったらええんか)
あるいは、それがしのぶくんの見えていないウラの側面かもしれません。(※個人の妄想です)
結び
めずらしく語り出すと止まらなくて、長々と書いてしまいました。
ここまでお読みくださいましてありがとうございました。(5000字超え!お疲れさまです)
今回は人物描写に焦点を当てましたが、映像や音楽も素晴らしいです。
普通の映画館に観に行ったのですが、観ている途中で「やばい、これはIMAXで観たほうが絶対いい」と思いました。
IMAXは何回か利用していますが、映画を観て思ったのは初めてです。それくらい映像や音楽も素敵。
というわけで、IMAXで2回目堪能してきます。
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