ポリフォニー的な対話の力。「心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋」

 

本書は、精神科医の斉藤環先生と、歴史学者の與那覇潤先生の対談集です。

與那覇先生は双極性障害の経験から患者的立場と歴史学者としての立場を、斉藤先生は精神科医として治療者的立場と精神医学的な立場から対話をされています。

 

ふたりとも頭が良いから、対談はとっても知性に溢れている。(読んでいると、付いていくのが大変)

しかし、同時に、決して知識人的高みに昇ることなく、一般の方々の目線まで降りて対談されているなという印象です。

 

人と人が出会って対話することで、新たな地平が開ける。

本書はそういう対話による面白味を十分に味わえる気がします。

 

また、最近の時事的なトピックも結構扱っているので、そちらも見どころです。

 

対話、ハーモニーではなくポリフォニー

ぼくと斉藤環さんが、この本で提案したい処方箋はただひとつ、「対話」である。

(P7 まえがき 與那覇潤)

 

斉藤先生が、日本でのオープンダイアログの第一人者というのもあるのかもしれませんが、本書は一貫して対話の形式をとっています。

終盤、オープンダイアログについてのトピックで、バフチンのポリフォニー理論を取り上げています。

 

ポリフォニーとは、わかりやすく言い換えると、「他者の他者性」を理解するための言葉なんです。自分と相手との間には決定的な違いがあり、しかしどんな相手にも個別の尊厳が備わっていること。その他者の主体性は尊重すべきだし、自分の主体性もまた尊重されるべきであること。

(P249 終章 結局、他人は他人なの?)

 

※ちょっと注釈

オープンダイアログとは、フィンランドで始まった治療技法です。統合失調症の患者の治療に始まり、現在はうつ病や引きこもり、嗜癖などさまざまな分野への応用が期待されています(日本でも少しずつ実践の輪が拡がっています。患者、その家族、治療スタッフ等が同じ場に集まり、開かれた対話をしていきます)

バフチンとは、ロシアの批評家。ドストエフスキーの文学性を評価するためにポリフォニーという理論を提唱しました。

 

▽詳しくはこちらの本を(すっごい分厚いです)

 

(ちなみにこれを読む前にドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」も読んだほうが良いんじゃないですか)

 

 

わたしは以前バフチンの「ドストエフスキーの詩学」を読んだことがありますが、さっぱりわからなかったんですね。いやあ、がんばって読んだけどさっぱりでした。

でもやっと、バフチンのポリフォニー理論が、少し理解できるようになってきた、気がする。

それはきっと、本書のおかげ。意外なところから来た。(テンション上がります!)

 

ハーモニーは簡単に言うと「同じ釜の飯を食う」もの。

一方、オープンダイアログに見られるポリフォニーは「関係者一同が対等に会話する」こと。

これらは一見似ているようで、非なるものなのだそうです。

 

対話においては、合意や調和(ハーモニー)を目指す必要はない。むしろ「違っていること」こそが歓迎される。共感を大切にしながらも、自分と相手の「違い」を掘り下げること。異なった意見が対立しあわずに共存している状態を、対話実践では「ポリフォニー」と呼ぶ。個人の統一性を傷つけないポリフォニーの空間において、ほんとうの意味での個人の主体性がもたらされる。そしておおむね、「結論」や「解決」は、主体性の回復のあとに勝手についてくるものなのだ。まるで予想もしなかった形で。

(P277 あとがき 斉藤環)

 

本書はオープンダイアログではないのだけれど、異なる立場の2人が、対等に会話するという点では、これもまた「開かれた対話」と言えるのかもしれません。

意見が異なっても論破しなくて違う意見があって良いよね、という視座で対話を続けることは、とても面白く居心地が良いなと感じさせてくれます。

 

で、この対等というのは、例えば治療者と患者という立ち位置を取っ払ってのものではなく、そういう立ち位置はあった上でなのだそうです。これって難しいけれど、大切なこと。互いに相手を尊重することができなければ、成立しないことです。

 

令和の時代になっても、根強くある同調圧力。

日本は和を尊ぶ国だけど、一方で多様性がいまだに排除されるような風潮は残っている。

哀しいかな、コロナ禍での日本人のマスク率の高さは、予防的観点からよりも「みんながしているから」という研究結果もあるんだそうですよ。

 

名前の功罪(HSPと関連して)

本書では、新型うつ病や発達障害など、平成の時代によく出てくるようになったトピックについても取り上げられています。

発達障害バブルについての副作用についても言及されている。

 

全体として、タイトルの「心を病んだらいけないの?」にもあるように、心を病んだ人への視点は優しいです。

というか、そこに大きな垣根はないように思う。

それは、うつになってそこから復帰してこられた與那覇先生の当事者としての説得力や、日々そういった患者と関わっている斉藤先生の温かな眼差しがあるからです。

 

一方で、そういった時事的なことへの世間の向き合い方へは、厳しい一石を投じています。

 

本書を読んでわたしが思ったのは、HSPも、この発達障害バブルに似たようなことが起こらないか、起こりつつないかという危機感です。

 

わたし個人の体験としては、HSPを知れて良かったと思っています。

新しい視点をもらえて、もっと自分を知ることにつながりました。

 

わたしは特にみんなと同じようにできない自分を責める傾向が強かったので、敏感さや思考の仕方には人によって違いがあることを、HSPを通して知れたことはとても大きな意義がありました。

 

でも一方で、良くない使われ方をしたり、HSPがひとり歩きして、ほんとうは発達障害のアプローチのほうが適切なのにそちらが否定されてしまったり、精神疾患の治療のほうが優先されるはずがHSPを隠蓑にして受診が遅れてしまったり、あるいは変なビジネスにつながったりしてしまうことも起こっているのではないかと思います。

 

物事にはポジティブなこと、ネガティヴなこと、両方の側面が必ずあります。

だから、HSPがそれだけ広まってきたことの功罪でもあります。

 

名前が付くことで救われる人もいるし、一方で名前があることでカテゴライズされることの恐れもある。

そう思うと、自分がそれにどう関わっていくか、考え直すことがますます増えてきました。

 

多様性を認めること

わたしも年々変わってきて、自分が自分のことを認められるようになってくると(それはもう、HSPという名前をつけなくても大丈夫なレベルで)、不思議と周りの人のことも認められるようになってきました。

昔の自分は、いかに周りに合わせるか、同じレベルにいるかどうかに、自分の価値基準を置いていました。

 

でも今は、自分と周りは違っていて当たり前だし、できないことは仕方ないと思うようになってきた。

むしろ違っていることが面白いと思うようになってきた。

 

そうすると、相手のできない部分も、昔はもっと厳しい視点で見ていたけど、あの人はここは苦手だけどここは良いよね、こういう一面もあるよねと思えるようになってきた。

自分と違う他者が、どんな意見を持っているんだろう、どんな視点で物事を見ているんだろうと、もっと知りたいと思うようになってきた。

もっと言えば、マイノリティにカテゴライズしなくても、カテゴライズされないで相手の考えていることを対話によって深めたいと思うようになった。

 

そして、そういう視点ってポリフォニーの視点なんだろうなと思います。

令和の時代は、もっと対話が進むと良いですね。

 

結び

ブログに関連して、HSP関連でいまの自分の思うことを書いてみましたが、本書自体はHSPについては全く触れてありません。あしからず。

 

前回イルセさんの内向性の本の感想を書いたときも
そうだったのですが、いよいよ本格的にブログの方向性を考え直す時期に入り始めました。

 

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本書に関わって、わたしが感じたことなので、本書の内容から外れることが多く申し訳ありません。

でも、とっても知的な刺激をたくさんいただける本なので、おすすめですよ。

 

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