新聞に特集されていて、気になったので読んでみました。
タイトルに語弊あり
これ、タイトルがだいぶ意訳されています。
原題は英語で「A WONDERFUL LIFE : Insight on Finding A Meaningful Existence」なので
「Mission Impossible」と「スパイ大作戦」くらい違います。
ただ、原題をそのまま日本語に訳すと例えば「素晴しい人生:意味のある実存を見出すための洞察」とかでしょうか。(センスのない直訳ですみません)
だいぶ抽象的でインパクトが減るので、なかなか翻訳本としては売れないのかなあ。
個人的には、原題のほうが本書のエッセンスをよく表しているとは思います。(そりゃあもともとの本のタイトルだからそうなんだけど)
翻訳者のあとがきや解説がないので、そのへんの事情はよくわかりません。
つまり、世界幸福度ランキング1位のフィンランド人はなんで幸福度第1位なんだということを解説した本ではなく
フィンランド人で哲学者でもある著者が、人生の意味について考察した哲学的な本になります。
フィンランドについて触れてもいるけれど、世界中の知識人の言葉をたくさん引用しているし、著者はトルストイ(ロシアの文豪)が大好きで何度も引用しています。
だから、タイトルだけ見て読み出すとちょっと期待を裏切られるかも。
でも、哲学者である著者による「人生の意味と幸福について」の思索は、「生きる意味ってなんだろう」「幸福ってなんだろう」と悩める現代人に良き示唆を与えてくれます。
ゆっくりと腰を下ろして、深く読み込みたい本です。
本書の構成
本書は3部構成になっています。
第1部 人間はなぜ人生に意味を求めるのか
第2部 人生の意味とはーー新時代の視点
第3部 より意味深い人生のために
はい、各章(全12章)のタイトルにもフィンランドのフィの字もありませんよ!
表現はわかりやすく一般的に書かれていますが、哲学者が書いているので、解説するとなるとむずかしいです。
全体的には、「人間の人生には意味がない」ことの前提からはじまって
「そもそも人生に意味を求めるようになったのは現代の話だ」という歴史的な視点も入り
「それでも、個人の人生には意味があったほうがいいし、人生の意味をつくっていくのは自分自身だ」という流れになっています。
※超端折っていますので、詳しくは本書をお読みください。
いくつかピックアップ
本書を読んでいて、気になったところをいくつかピックアップしてみます。
幸福は追い求めるものではない
問題は幸福という言葉に明確な定義がないことだ。(中略)心の中が良い感情で満たされること(そして、それを表に表すこと)を幸福と呼ぶのだとしたら、おそらくフィンランドは幸福な国とは呼べないだろう。
(P43 第3章「幸福」という悲しき人生の目標)
このあたりのことが、おそらく邦題になっています。
フィンランドは世界幸福度1位の国ですが、うつ病になる人が少ないわけではないのです。
「幸福」というものは、著者の言うように明確に定義されるものではありません。
それって人によって違うものだし。
だから、その人によっては「幸福」を追い求めるあまりかえって幸福から遠ざかる人もいるかもしれません。
例えば、お金持ちになることが幸福であると考える人は、お金持ちになるまで幸福になれません。場合によっては、お金持ちになっても「もっとお金が欲しい」と思ったり「お金がなくなってまた貧乏になったらどうしよう」と不安になったりするかもしれません。
著者は幸福を追求することではなく、個人が自分の人生の意味を考えるほうに重きを置きます。
結果的に、そのほうが幸福感に繋がりやすいってことなんだ。
自己決定理論
自己決定理論では、基礎的な心理的欲求は大きく3つに分けられるとしている。自律への欲求、能力への欲求、関係への欲求だ。3つの欲求が満たされると、人間は幸福感を得ることができ、生きる意欲を高めることができるーーそして、人生に意味を感じられる。
(P141 第8章 自分の価値体系を作る)
「自己決定理論」とは、エドワード・デシとリチャード・ライアン(アメリカの心理学者)による理論です。
これらの欲求は、デシとライアンによると「人間がつねに成長し、満足し、幸福でい続けるのに欠かすことのできない心の栄養」なのだそうです。
詳しくは本書で解説されていますが
- 自律への欲求……自分が自分の人生や生き方、選択、価値基準を選ぶこと
- 能力への欲求……自分の能力を活かすこと
- 関係への欲求……家族や友人、恋人、人と人との繋がりや利他を大切にすること
簡単に言うとこんなことかと思います。
そのうちの「自律への欲求」について、次に詳しく取り上げてみます。
自分自身とつながる
『自分自身とつながる、というのは、つまり、自分自身の選んだとおりに生きる、自分自身で選んだ行動を取るということだ。(中略)「自分はそれをするためにここにいると思う内なる感情」を満足させるような行動を取れば、人生に意味を感じられるということだ。これは、自分が本当に自分らしく生きられているかどうかを決められるのは、自分自身だけということでもある。』
(P186 第11章 あなたがあなたであるために)
自分の人生をつくるのは、他でもない自分自身です。
一見当たり前のことのようで、これはなかなかむずかしい。
例えば親の期待であったり、周りの人の意見や世間の目であったり、自分以外の価値基準も世の中には溢れかえっている。
そのなかで、自分が自分とつながった感覚を持ち、自分で自分自身の行動を選択していく。
ときには、自分の選択が自分にとって正しいかどうか、わからなくなることだってあります。人の意見を鵜呑みにして、自分の選択だと思い誤ることだってあり得ます。
でも、最終的に選ぶのは自分自身。
ときには誤った選択をすることだってあります。人間ですから。
そういうときは、自分のそのときの選択を人のせいにせずに、じゃあ次はどういう選択をしていけば自分にとって良いかな、と考えることで成長していけるのかなと思います。
わたしは、自分らしくあるために自分の選んだ行動を取れているかな。
そもそも自分らしいってどんなことかな。
わたしもときどき振り返って考える時間をとっています。
プロジェクトではなく物語のような人生を
人生はプロジェクトではなく、“物語“とみなすべきだ。物語は、目撃、遭遇、体験したこと、その人が表現したことでできている。その人だけのものだ。人生で何が起きたとしても、良いことも悪いことも、自分で選んだことも、外から与えられたことも、すべてが物語の一部となる。
(P220 第12章 持てる能力を発揮する)
人生に目標設定をすると(それ自体が悪いことではないのですが)、そのプロジェクトに向かって邁進することになります。
でも、それだとかえって人生に意味を感じることがむずかしくなると著者は言います。
例えば、社会的に成功するぞという目標を立てたとします。
そのために必要なスキルや人脈を築き、不要なことをせずになるべく最短で達成できるように邁進するとします。これは人生の一大プロジェクトだからです。
そうすると、その過程でこぼれ落ちていくものもあるかもしれません。
それは、プロジェクト達成のためには必要ではないかもしれない。無駄な時間や手間のかかる、効率化とは程遠いものかもしれません。
プロジェクトが達成できたら、それはそれで良いですが、自分の周りには“社会的な成功に役立つ“モノしか残ってないかもしれません。
仮に達成できなかった場合、ヘタをすると何も残っていないかもしれません。
でも、人生を物語と考えると、その過程も含めて大切になってきます。
うまくいっても失敗しても、それらは物語の一部だからです。
むしろその過程を歩むことが大事になってきます。
失敗からなにかを学ぶのは、物語ではよくあることです。
そして、物語の主人公は、あなた自身です。
自分で自分の物語を紡ぐことができます。
自分の物語では、なにを大切にしたいか? そう考えることは、人生に意味を与えてくれます。
そう思うと、これは大変なことでもあるけど面白いことでもあるなあと思います。
結びとして
「自分の人生に意味なんかない」
「わたしが生きる意味ってなんなんだろう」
そういうふうに考えたことありますか。わたしはあります。
ずっとそれを考えて、答えのない袋小路に陥ったことも何回もあります。
「自分の人生に意味はない」はある意味では正しくて
「でもわたしがわたしの人生を意味あるものとしていくのにはどうしたらいいか」
も、やっぱり大切な視点。
本書はそのためのヒントを提示してくれています。
今回は「自分自身とのつながり」について焦点を当てましたが、「関係性の欲求」や「能力の欲求」についても、詳しく解説されていますので、気になった方はぜひ読んでみてくださいね。
本書を読むことで、人生の豊かさを考えたり深めたりするきっかけになると良いなあと思います。
最後に、引用して締めくくりたいと思います。
人生の意味は心の中に生じるもので、自分の外にはない。人生の意味は、優しさや思いやりなどと同じように、自然に心の中に生まれる。
(P119 第7章 普遍的な人生の意味と個人的な人生の意味)
大事なものは、全部自分のなかにあります。
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社会保障や政府への信頼が厚いことそのものが幸福の条件ではないけれど、それも大事な一端を担ってはいるんだろうなあとやはり思います。