「ケーキの切れない非行少年たち」×「十二国記 丕緒の鳥 落照の獄」

 

昨年話題になった本ですね。

普段多くの人が関わることのない司法領域の少年たちについて、精神科医の著者の視点から語られています。

 

いろいろと衝撃的だったのですが、この本を「読もうかな」と思ったきっかけになった

 

 

 

小野不由美さんの十二国記シリーズの短編集「丕緒の鳥」の『落照の獄』を思い出しました。

今回は「ケーキの切れない非行少年たち」を通して『落照の獄』を再考してみたいと思います。

 

はじめに:「ケーキの切れない非行少年たち」

昨年よく話題に上がっていたので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。

少年院に入っている少年には「丸いケーキを3人で平等に分けるにはどう切ったらいいか」という問いに、正しく答えられない人が多いというもの。

 

それは、非行に走り犯罪を犯して少年院に入る人に

軽度知的障害や境界知能(明らかな知的障害ではないが状況によっては支援が必要)(P25)」な人が、実はけっこうな割合でいるから。

 

そういう人たちは、「小学校2年くらいから勉強についていけなくなり、友だちから馬鹿にされたり、イジメに遭ったり、先生からは不真面目だと思われたり、家庭内で虐待を受けたりしています(P25)」

 

支援が必要な子なのだけれど、見過ごされてきた人たち。

それは、家庭の状況だったり、教育現場の理解不足だったり。

 

一見すると困っているとわかりづらいために、気づかれずにただただ「厄介な子」として扱われてきた人たち。

 

そういう人たちには、罰を与える方法では「もうこんなことはしないでおこう」とすんなり行くはずがなく、そもそも”ふつう”の感覚、常識と思われていることが前提として違う。

常識が根底から覆るのです。

 

『落照の獄』を改めて別視点で眺めてみる。

以前、ブログで感想を書いたとき、わたしはどちらかというとこの物語を「死刑制度の是非」の視点から眺めていました。

 

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その視点も大事なんだけれど、今回は「ケーキの切れない非行少年たち」を参考に、狩獺(しゅだつ)の視点から眺めてみたいと思います。

※あくまで私見です。ご了承ください。

 

狩獺は、16件の殺罪、23人の犠牲を出した非常に罪の重い人です。

 

最後の事件がまた悲惨で、たった8歳の男の子が、桃を買いに行く途中で12銭を盗られて殺害されています。

ものすごくお金に困っての犯行でもないし、小さな男の子を襲うのは極悪非道としか言いようがない。

 

長年行われていなかった死刑制度を復活させ、この狩獺を死刑にせよと民衆は怒りをあらわにしています。

 

主人公の瑛庚含め、司法のお役人たちは、当てにならない主上と民の声の板挟みになりながら、賛成派、反対派と議論を重ね熟考に熟考を重ねますが、最終的に狩獺本人と面会して絶望的な最後を迎えます。

なんとも後味の悪いもやっとしたものが残るお話です。

 

もし、この物語に出てくる狩獺が「ケーキの切れない非行少年」のような人物だったのなら?

そして、その場にいる誰ひとり、当の狩獺本人もそれがわからなかったら??

 

物語は全然違った視点から見えてくるのではないかと思います。

 

「私には狩獺がもっと病んだ者に見えます。欲しいから奪おう、そう思って実行し、巧く奪うために結果として殺してしまうーーそんな感じが」

(丕緒の鳥 落照の獄 P106)

 

『「盗む」などという選択肢をすると後が大変になるし、そもそもうまくいくとも限らない、と判断するのが普通の感覚でしょうが、そう考えられるのは先のことを見通す計画力があるからです。』

(ケーキの切れない非行少年たち 第2章「僕はやさしい人間です」と答える殺人少年 P37)

 

「盗む」と「殺す」では罪の重さが全然違いますが、結果的に起こっている事象は似ているように思います。

 

 

「ケーキの切れない非行少年たち」で語られる彼らは、小さい頃から人の関係性に恵まれていないことが多いです。

だから、知的な問題だけでなく、情緒的にも問題を抱えていることが多い。

 

狩獺の生い立ちについて詳しくは不明ですが、狩獺もそうだったのではないか。

 

だから、単に更生のための刑期を終えても、それだけで人は立ち直れるわけではない。

そもそも立ち直れるだけの基盤を自身のなかに持っていなかったかもしれない。

 

もちろん、だからといって狩獺のした行為が許されるかというと、そうではないです。

しかし、こちらの常識だけで物事を眺めていては見えないものがあるのだろうと改めて思いました。

 

結び

「ケーキの切れない少年たち」の序盤にRey複雑図形の模写という課題を少年にやらせてみた結果(著者による再現)が掲載されています。

普段、わたしたちは自分たちが見えること、聞こえること、考えること、理解することは、相手も同じように捉えていると考えがちです。

 

でも、実際はこんなにも違う。「多少の誤差はあるだろう」と思っている何倍も違っていることがあります。

 

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