海堂さんの本は、基本的に出版された順に読んでいるのですが、「極北クレイマー」を読んだら続編の「極北ラプソディ」も気になっちゃったので、先にそちらも読んでしましました。
というわけで、2冊いっぺんに感想いきます。
※この本の感想は、講談社文庫から出版されている「極北クレイマー2008」「極北ラプソディ2009」をもとに書いています。
※物語のネタバレが含まれます。未読の方はご注意ください。
極北クレイマー2008
これまでの海堂本の何冊かで話題になっていた、極北市民病院の善良な産婦人科医の逮捕にまつわるお話。海堂さんの「桜宮サーガ」が全開の本作は、もちろん単体で読んでも面白いのだけれど、やっぱり別の作品とも繋がりがあって面白いです。
例えば
三枝先生のご実家の産婦人科医院が舞台のお話。清川先生も出ておられます。
その別視点のお話(こちらは未読…)
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氷姫が安定のマイペースな優秀っぷりなのと、登場しないのに存在感を醸し出す白鳥さん(笑
「ジェネラル・ルージュの凱旋」のその後の速水さんが登場するのも熱いです。
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この物語の中核にある地域医療の崩壊。
病院自体が(もっと言うと極北市そのものが)活力を失い、諦観という意識すらどこかに置いてきたように惰性で日々が消費されていく。
どうにかしないといけないと思っても、もはやどうしていいのかもわからない無力感な状態。
そのなかで、必死に繋ぎ止めるように尽力する三枝先生みたいな人もいる。
「僕から見れば患者はみんな、自分勝手なクレイマーさ。病気はマイナス状態からのスタートなのに都合の悪い部分は頰かむり、マイナスをゼロに戻すのは当然だと思っている。それがどれほど大変か、連中は理解しない。直後はありありがたく思ったって、ひと月もすれば感謝の気持ちなんて綺麗さっぱり忘れやがる。なのにちょっとでもマイナスが残ると一生恨み続ける。バカバカしくて、やってらんないよ」
(極北クレイマー2008 7章 放言の代償)
後藤先生は、そんな病院で「お前それでも医者か」というような生活を営んでおられますが、ある意味では現実をシニカルに見つめてもいます。
(この後藤先生の「極北ラプソディ」での転身を知るだけでも、続編を読んで良かったかもです。後藤先生は背景に父親との関係もあったので、言い方変だけど筋を通して怠惰な生活を送っていた人で、ある意味で冷静に現実を見つめていた人でもあり、ついでに「人ってこんなに変われるんだな」というのを体現したようなキャラ。あ、ちょっと褒めすぎかな。憎めないキャラです)
医師の過重労働の問題、地域医療の問題、医療そのもののあり方、…etc.
たぶんそれは、大きく見れば国そのものにも関わってくるのだろうなと思います。
国民皆保険制度は、実によくできた制度なのだなとコロナでも実感しました。
一方で、それは医師を含めた医療従事者の献身で成り立っているところでもある。
海堂先生の本は医療を通して、世の中これでいいのかな? の考えるヒントを与えてくれるようです。
最後に救世主のようにさっそうと登場した世良先生。
「ブラックペアン1988」しか読んでいないわたしは、「世良先生にいったい何が!!?」とはてなマークが飛び交いましたが(他の作品も読まねば…)
「メディアはいつも白か黒かの二者択一だ。そんなあなたたちが世の中をクレイマーだらけにしているのにまだ気がつかないのか。一億二千万の日本人は総クレイマーだ。自分以外の人間責めて生きる。ここは地獄だ。みんな医療に寄りかかるが医療のために何かしようと考える市民はいない。医療が助けてくれるのは当然と信じて疑わない。何と傲慢で貧しい社会であることか」
(極北クレイマー2008 26章 救世主)
実際は世良先生は、特効薬というより抗癌剤のような役目を担われるのですが(笑
こんなところで終わったら、このあとの極北市(市民病院)はどうなったのかと気になるじゃないですか。
というわけで、「極北ラプソディ2009」に続きます。
極北ラプソディ2009
今中先生の視点が、東条大の田口先生を思い起こすような常識人の視点で、そういうのって物語を一緒に眺める読者としてはありがたい。
世良先生視点とか、速水先生視点は、ちょっとついていけないわー
現実的に人員もない、お金もない、ないない尽くしだったら、できることは限られる。
救急医療も対応できるわけがない。
世良先生が言っていることはいたってマトモなのに、これが医療になるとどうして不満が起こるのだろう。
と同時に、都会で潤沢にお金も資源もあって、そういうところじゃないと医療は受けられないのか、そうじゃない地域は諦めるしかないのか。それもなんだかなあとも思ってしまう。
かといって、速水先生みたいな人は、確かにそれで救われる命はたくさんあるのだけれど、そういう人ばかりで良いとも思えない。
将軍様は、北の地に移ってもご健在でした(笑
ドクターヘリを子どものおもちゃのごとく乗り回す速水先生。
ドラマチックで息飲む展開だったけど、速水先生はドクターヘリに乗せてはいけない人だと思いました(ほんとう下手すると、全員死んでたよ! 小説なんだけど「良い子はマネしないでください」のテロップが見えたよ・笑)
「世良君は、今の医療は瀕死の病人だと思っているよね」
(中略)
「医療を救うには医療を取り巻く空気を変えなければならない。特効薬は市民の意識教育だ。医療を叩いて利益を得ようとする邪悪な意思から、無垢な市民と善良な医療を守らなければならない。世良君はそう考えているんだね」
(極北ラプソディ2009 21章 青い蝶)
例えば田所さん。
市民病院に行った直後に急変して亡くなられたのは誠にお気の毒ですが
やっぱり医療費はちゃんと払ったほうが良かったよね……
田所さんが亡くなるのは、読者や世良先生含めて青天の霹靂だったと思うのですが
極北市の実態を代弁するような人でもありました。
正直あいだのお話が未読なので、世良先生がどういうことがあって現在のような立ち位置になられたのかわからないのですが(花房さんとそんな間柄だったなんて!?)
一度壊れたものを立て直すのは、生半可なものでは容易に為し得ないことも感じました。
結び
「ブラックペアン1988」は読んだことがあるけど、「ブレイズメス1990」や「スリジエセンター1991」は読んだことがないので、今中先生のその後を知るのは良かったけど、世良先生のあいだがわからないという、ちょっとモヤモヤしたものも残りました。
そちらの2冊も読んでから、また「極北ラプソディ2009」に戻ってくると、いまとは違った感触が起こるかもしれません。
海堂作品の醍醐味ですね。
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