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順番が前後して先に荻原規子さんの源氏物語解説本を読んでしまいました。
その後、荻原規子さん訳の「源氏物語」をゆっくり少しずつ読み進めました。
長い前置き
荻原訳源氏物語は、荻原さんが源氏物語を丁寧に紐解き、時系列順ではなく読みやすいように順番を入れ替えておられます。
そのため、この「紫の結び」は光源氏の生涯と紫の上のストーリーが中心となっています。
光源氏の数々の女性との恋愛遍歴や玉鬘の君の物語など、ちょっとサイドストーリー的な色合いの濃い「中の品」の女性の物語が占める帖は「つる花の結び」という次のシリーズに構成されています。
そのため、源氏の君の生涯をリズムよく駆け抜けることができます。
わたしは「源氏物語」は、大和和紀さんの漫画「あさきゆめみし」の教養しかなく
現代語訳版は一巻で早々に挫折した人。
荻原規子さんの本は、昔大好きで何度も繰り返し読みました。
というわけで、「あさきゆめみし」で得た源氏物語の知識と
荻原規子さんの文章の信頼だけで読みはじめました。
ほかの方の現代語訳をしっかり読んだことがないので比較ができないのですが(すみません…
とても読みやすかったです!
ちょっと源氏物語は敬遠する、という人にも読みやすい構成だと思う。
あと文章がやっぱり読みやすい。さすが荻原さん。
これは荻原さんが現代っ子にも読みやすいように源氏物語を今風に物語をアレンジ(創作)したのかしらと思ったほどなのですが、これはあくまで現代語訳。
1000年の時を経て多くの人に愛され、世界中で評価されているのを、お恥ずかしながらはじめて心の底から納得したのでした。
感想
たぶん読んだ年代の差もあるのだと思う。
荻原さんも第三巻のあとがきで二十代の頃に読んだ時と紫の上の印象が変わったと書かれていました。
わたしも(というとおこがましいですが)、年代を経て、まあ現代語訳を通読するのは今回が初めてなんだけど、各登場人物の印象が、昔漫画で読んだときとものすごく変わりました。
と同時に、1000年前に生きていた人たちも、現代の私たちとはまったく異なる世界を生きていたのだけれど、人の悩み(特に男女の悩み)はそんなに大きくは変わらないのだなとも感じました。
そこを冷静に巧みな筆致で描いた紫式部の凄さよ。ものすごい観察眼と洞察力。
光源氏は、単に女性にとって理想の貴公子なだけではなく、弱さも不完全さも持ったひとりの男性でした。
何事にも秀でて抜きん出ている人が、いつもどこか満たされない思いを持っている。
紫の上は、理想の女性として描かれてはいるけれど、
夫(源氏の君)の恋愛遍歴に悩み嫉妬もするし(実によく嫉妬している様子が何度も描かれています)、
自分の身分の低さにも悩んでいるし(源氏と朝顔の姫君との交流の際は北の方の座を奪われるのではと心配しているし、女三の宮にはいうまでもなく)、
女三の宮の降嫁でゆっくりと潮が引くように源氏への愛情が冷めていく姿も妙にリアリティがある、
こちらも完全無欠の人ではないのです。
そうそう。女三の宮。
私は、昔と現在でいちばん印象が変わったのはかの姫宮ではないかと思います。
生まれはものすごく高貴でありながら、平凡な女の子。
父親(朱雀帝)が、この可愛い娘を溺愛しつくして、源氏の君に託すのだけれど
彼女には父親がわりの男性ではなくて、いろんなことを教えてくれる母親がわりの既婚女性が必要だったんじゃないかなと思います。
柏木が押し入るところは、もうかわいそうとしか言いようがない。
寝ているところに知らない男の人がいきなり現れたら、怖くて動けなくなるのは無理もないよ……(柏木さん本当に酷すぎる。男の人の「何もしないよ」は1000年前から当てにならないのリアルですね
柏木は、恋は盲目の典型で女三の宮への執着で身を滅ぼしますが
仮に、運よく最初から降嫁を許されたとしても
「え? こんな女人だったの」と落ち葉の宮よりも現実に冷めてしまったかもしれません。
手に入らないからこそ、勝手に幻想が膨らみ燃え上がるのです。
しかし。この、柏木と女三の宮の姦通が物語の終盤に置かれることで
繁栄の極みを迎えた源氏に影を落とし、これがのちの宇治十帖に繋がるのが見事だなあと思います。
1000年も前に書かれた物語だという事実に改めて感服しました。
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少しあいだを挟んで「つる花の結び」も読み進めていきたいと思います。
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