大河の「光る君へ」もいよいよ終盤に差し掛かってきましたね。
今年はほんとうに、源氏物語の年でした。
素人の拙い感想です。お付き合いいただけると嬉しいです。
感想
「宇治の結び」は源氏の亡くなった後の世代の物語。
「匂宮」からはじまり、メインの筋からやや外れた「紅梅」「竹河」を省いて宇治十帖と呼ばれる「橋姫」〜「夢浮橋」で構成されています。
ちなみに外された「紅梅」「竹河」は「つる花の結び」に収録されています。
* * *
わたしは漫画「あさきゆめみし」で育った人なので、宇治の結びも自然と大和和紀さんの漫画を思い出しながら想像して読んでいました。
▷ 「あさきゆめみし」漫画 (Amazonのページに飛びます)
原作は、漫画よりもずっと長かった。
よくこの長いお話を大和和紀さんはコミックス3巻にまとめられたなとちょっと感動
……するくらいに冗長的な長さ。
大君が思い悩み、薫が思い悩み、浮舟が思い悩み、物語が展開していくのがとてもゆっくり。
対して、匂宮のスピード感のあること(笑
次の東宮とも言われている重みのある立場なのに、情熱だけで突っ走る。
なんというか、情熱だけなら源氏の君にも全然負けてない。
母の明石中宮の「なんでこの子だけこうなったのか…」と頭を悩ませるのもリアルだなあと思いました(笑
しかし全体として。
宇治の物語は、とても不思議なのですけれど、誰にも感情移入できずに終わってしまいました。
なんだか、びっくりするくらい、誰も好感が持てない。
なのに、全体として、不思議と惹きつけられる不思議な物語でした。
源氏の君を主人公としたメインのストーリーがあって、かつ女三の宮と柏木の密通の因果の薫という登場人物があって、かつ宇治という地の持つ不思議な引力のようなものがあるような。
それらひとつ欠けても面白みが消えてしまうような不思議な引力のある物語だなと思いました。
そしてつくづく思うのは、人物描写の巧みさです。
薫の屈折したわかりにくさと、対照的に気持ちのままに動く匂宮のわかりやすさ
八の宮の姫君たち。大君の、父譲りの気質、責任感と芯のある性格。(頑固でもある)
中の君の、大君よりは柔らかい女性らしさ、愛らしさ、優しさ。でも匂宮の妻となって不安なところ。
そして浮舟の、出生からはじまる寄るべのなさ。
時代背景的なものも影響されていますが、浮舟はどこか女三の宮に似ているところがあります。
自我が弱く、男性側の一方的な行動に翻弄されるところ
それによって安心安全が脅かされるところ(女三の宮は夫である源氏の君に密通が知られて、浮舟は匂宮と薫の板挟みに)
最終的に、出家によって俗世間を捨てることで自由を得ているところ。
しかし浮舟のほうが身分が低く、実の父からも、母の嫁ぎ先でも継父から大事にされていないところ、ずっと不遇です。
浮舟の側から見ると、さもありなんになる。
実母からすれば、父宮の高貴な血筋を誇りにしてなんとか良い嫁ぎ先を見つけたいという思いは必死で
浮舟が、中の君のいる二条邸で雅な世界に触れれば、それは年頃の女性として憧れるのは当然のことでしょうし
薫に大君の形代のように大事にされても、浮舟は大君ではないから喜ばれてもがっかりされてもどちらも浮舟のせいではないし
そこにイケメンの高貴な匂宮が情熱的に愛情を向ければ(匂宮本人はその時はいたって真剣)、それはどっちつかずな対応している薫よりも気持ちが傾いてしまうのはわかるし
選べというほうがそもそも無理難題。
薫の、この一見厭世的で人一倍出家願望がありながら、いざ年頃の美しい女性に関わると年相応の気持ちが出てきて、しかし踏み出せないの、すごくそれっぽいなあと思います。
全てが恵まれているのに、自分に自信がなくて一歩踏み出せない薫の性格。
対局にあるような匂宮も全てが恵まれているのに、次期帝とも称される人物なのに薫と張り合っているところ。
(浮舟は、浮舟そのものの魅力だけではなく、薫の想いを寄せる女性というところで、匂宮の火がついたところはやはり大きいと思います)
荻原さんの解説はなるほどと思いました。
雲を掴むような宇治の物語。
なのにどこか惹かれてしまうのは、そこに描かれている登場人物が千年のときを過ぎても鮮やかに映し出されるからでしょうか。
原作の閉じ方が「え? ここで終わり??」というところも意外ですが
なんだかそういうところも含めて、この物語の面白さ、深みのように感じられました。
物語は完全であるより、どこか欠けているほうが読み手に解釈の余地を与えてくれるのです。
おまけ
原作の現代語訳を読んでみて、「え? ここで終わり??」感はすごく勝ったのですが
個人的に漫画「あさきゆめみし」の宇治の締めくくり方が強く残っていて、好きだなあと思いました。
▷ 漫画「あさきゆめみし」最終巻 (Amazonのページが開きます)
解釈の是非はあるかもしれませんが、周囲の思惑に翻弄され続けた浮舟が、ひとりの人間として立って生きていく。
現代とは事情は異なるけれど、個として「自立」して生きる。
紫の上にも、女三の宮にもできなかったことをやり遂げて、遠くを見つめる眼差しでまた薫に会いましょうと本人に届けない声で伝える姿。
(紫の上は、源氏の君が最後まで反対して本人は希望していたけれど出家できませんでした。
女三の宮は出家はしたのですが、息子である薫に頼りきりで、依存先が父(朱雀帝)→夫(源氏)→息子(薫)に変わっただけに思います…)
なんで雲隠で綺麗に終わっているのに、その下の世代の物語があるんだろうと不思議で、これは単なるわたしの素人意見ですが
源氏の君の物語で描ききれなかったところを補完するように存在すると思いました。
そしてその中核にいるのは、薫ではなくやはり浮舟なのでしょうね。
高貴な貴公子(薫)ではなく、中の品に数えられる身分で世間的には重きを置かれない女性(浮舟)の、一瞬のシンデレラストーリーの後に、自分で自分の人生を生きる決断をした。
その凛とした佇まいに(これは漫画補正がだいぶ入っております…)、浮舟のもつ魅力が表れているように思いました。
関連情報
▽ これまでの荻原訳源氏物語の感想
うっかり「つる花の結び」を先に読んでしまいました。(刊行順は紫→宇治→つる花)
源氏物語の主軸を一気に読みたければ、紫→宇治の順番が良いです。
*