いよいよ最後になりました。
▽これまでの考察
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最後は、阿選と驍宗です。この二人は対のようなところもあるので、一緒に考察してみます。
約1年前に「白銀の墟 玄の月」を初読したときは、そこまで深められなかったので今回はがんばりました。
というのも、初読のときは泰麒をいじめる阿選が嫌な奴としか見ることができず、どうがんばっても「阿選下げ、驍宗上げ」に傾いてしまったからです。
今も基本的にその根っこは変わらないのですが(阿選好きな方には申し訳ないです)、それでも1年の冷却期間を経て以前よりは冷静に分析を試みています。
今回も長いですが、お付き合いいただければ幸いです。
※十二国記「白銀の墟 玄の月」のネタバレがあります。未読の方はご注意を。
※「阿選:驍宗=8:2」くらいの熱量で書いています。驍宗様は阿選よりは語ることは少ないです。
阿選(あせん)
はじめに:阿選について
前王である驕王の時代から禁軍将軍として驍宗と肩を並べる存在でした。
驕王のあとは、驍宗と阿選のどちらかが王になるだろうと言われていた逸材です。
今回の「白銀の墟 玄の月」で簡単に略歴が書かれていますが、簡単にいうと超エリート。
文武両道の上に人格的にも優れていて、それゆえ麾下にもよく慕われている。ものすごく優秀な人です。
優秀すぎて、ライバルになりそうな人が驍宗くらいしかいなかった。
それゆえに、道を外したときの外し具合が半端なかった。
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わたしはなんで阿選はこんなことをしたんだろう? とずっと疑問でした。
物語のなかで語られてはいるんだけどいまひとつ腑に落ちない。解せない。琅燦との関係も相まってさらによくわからなかった。
しかも、やったことの嫌悪感から、初読のときはこれ以上この人について深く考えたくないレベルまで達していました。
今回は、自分なりに頭を捻って考察を深めてみてやっと「ああ、そうか」と思えるところまでやってきました。以下に仮説を混じえながら考察していきます。
※今回も前回の琅燦と同様、個人的見解も大いにあります。
挫折を知らない超エリートさんの行く末
阿選は戴でも一二を争う超エリートです。
軍に入り、大学で軍学も学び、異例の速さで出世街道を歩みます。
優秀すぎて周りの人は彼についていけない。そんななか、現れたのが驍宗です。
驕王の統治時代に、二人は頭角を表し「ライバル」っていうのはこの二人のためにある言葉なんだなという関係を築いていきます。
この時代の関係そのものは、阿選はむしろ心地よく思っていたようです。
分水嶺になったのは、轍囲の一件からです。
ここで阿選は、驍宗と自分を決定的に隔てているものに気づかされます。
阿選をずっと追っていると、「頭が良いのとバカなのは別なんだな」と思います。(表現が雑ですみません)
つまり、頭は良いしとても優秀なんだけど、実はあんまり中身がなかった。
能力があるからやれることをやってきたけど(それ自体も十分すごいことなんだけど)、実際は自分のなかに理念や矜持がそれほどあるわけではなかった。
例えば、頭が良いから医学部に進んだけど大して医学に志があるわけではなかったとか、優秀だから政治家の道に進んだけど特に国をどうしていきたいという考えがあるわけではなかったとか。
「末は博士か大臣か」と謳われそうな神童だったと思うし、ほぼ挫折を知らずにやってきた阿選が(驍宗と違って、阿選は無敗)、人生でいちばん惨めな挫折を味わうわけです。
ここの惨めな挫折の根幹は、もちろん驍宗が発端ではあるんだけど、核は「自分のなかに何もなかった」ことだったのではないかなと思います。
だからこそ、驍宗の自分の理念を優先させた振る舞いが、何もない空っぽの自分を嘲笑っているかのように思えたのでしょう。
(何度も阿選が「驍宗に対する嫉妬ではない」と豪語しているのは、ある意味で正しい)
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これって、実はとても大事な岐路だったのだろうと思います。
とても大切な気づきです。いいじゃないですか、空っぽでも。
人は変わる可能性を持っているんだから、そこからはじめていけば良かったのになあ。
しかししかし、挫折を知らなかった人の挫折ほど怖いものはない。
なまじもう結構昇りつめている人だから、プライドも高い高い。
しかも、目の前で驍宗が仙籍から外れてまた戻ってくるなんてされると(しかも周囲はその行いを是とするのを目の当たりにすると)
超エリートで品行方正が売りな阿選さんは、にっちもさっちも行かなくなるわけです。
自分を崩すのは恐ろしく苦手だろうし、プライドは許さないだろうし、もう立場的にそんな惨めな自分を吐き出せる相手もいないだろうし。
あと、後半の琅燦との絡みで触れますが、阿選って頭は良いんだけど、この人基本おバカなところがあるから
一度思い込むと、妄想めいたように突っ走ってしまう傾向があります。(本人は気づいていないし、周囲も気づかないから困った性質)
(例えば、轍囲の一件での「驍宗は自分のことを嘲笑っているだろう」という思い込み。
琅燦が唆したというのも、阿選の勘違いというか思い込みの部分も大きかったように思います)
ゆえに、自分で自分のことを詰ませてしまった感があります。
良く言えば、真面目で純粋すぎるところが仇になったんだろうなあ。
琅燦は阿選を唆したのか〜阿選編〜
琅燦の考察でも触れましたが、果たして琅燦は阿選と結託して驍宗謀叛をしたのか。
今回は阿選の側から眺めてみましょう。
琅燦はとっても頭の切れる子なので、阿選には良い話し相手だったと想像されます。
加えて驍宗麾下でも琅燦は黄朱出身でちょっと異質な存在。
普通の人と話していたらいろんな意味でお話にならないレベルでも、阿選なら琅燦の話を割と聞くことができたのではないかなと思います。
だから琅燦は、けっこういろんなことを阿選と話していたのではないかと思います。
問題は、それをどれくらいの重みで聞いていたか。
ここで、優秀なんだけどちょっとおバカで真面目な阿選さんと、優秀なんだけど独自の価値観を持ち天衣無縫な琅燦の違いが出てきます。
阿選の側からすれば、紛れもなく「琅燦は阿選を唆した」と言えるのでしょう。
この天衣無縫なお嬢さんに、阿選は一杯食わされたとも言えます。
驍宗が王になってズタズタに引き裂かれたプライドを、精いっぱい虚勢を張って周囲に悟られないように振る舞っていたのに(本人はその自覚は薄かったかもしれないけれど)、琅燦は横からいっぱい突いてくるわけです。
よくよく冷静になって考えれば、阿選のやろうとしたことは無茶苦茶なんだけど、中身の空っぽな阿選にはどんどんとそれが現実味を帯びてくる。
考えようによっては、琅燦は非常に酷なことをしでかしたとも言えます。
そして困ったことに、阿選の優秀さがここで発揮されるんですよね。
凡人なら失敗するところを、運も味方してある程度うまくやったわけです。やれる人。きっと阿選じゃなかったらここまでうまくいかなかった。
また、琅燦は机上の空論を言っていたにすぎない。
彼女は知識は豊富だけれど、知っていることと、それを実際に行うことは違います。
阿選は、そこを見誤った気がします。
阿選の悲劇は空虚さを受け入れられなかったこと
やればやるほど自分の首を絞めることの気づきは疎くて、でも他のことには頭が回る。事が起こった後には、もう取り返しのつかない事態になっていた。
気がつけば自分の周りには誰もいなくて、自分の起こしたこと故に誰も信じられなくなっていた。
自分自身が信じられなくなったのだから、当然のように自分を信じてくれる麾下のことも信じられるわけがありません。
阿選の麾下が「謀反を起こすのなら、麾下である自分を説得してほしかった。そうしたら謀反でも、自分は阿選様の命令に従っただろう」と嘆く場面が何度か見られますが(それくらい麾下に慕われていた阿選)、土台無理な話です。説得できるだけのものは何にもなかったのだから。
阿選自身が「空虚さ」と表現していますが、まさに空虚であることが悲劇です。
しかもその空虚さを、自分の胸の内に抱えるだけなら良かったんだけど、それを外に出してしまったから、タチが悪かった。
誰の目にも、取り返しのつかないことをしでかしてしまった。
一度投げられた賽は、行き着くところまで行くしかなくなったように思います。
阿選の誤算
そもそも阿選の計画そのものがうまくいくわけではなかったのですが、いくつか誤算がありました。
- 泰麒が蝕を起こして蓬莱へ行ってしまったこと
- 驍宗も手の届かないところへ行ってしまったこと
- 正頼が国帑の所在を決して吐かなかったこと
- 妖魔は人がコントロールできる代物ではなかったこと
特に泰麒の蝕と、正頼が決して屈しなかったことは、大きな誤算だったと思います。
あと、たぶん阿選が想像していた以上に、驍宗麾下の信頼が厚かったこと。
当初は阿選は偽王(正確な定義ではないにせよ)として驍宗の代わりに国を治めようとしますが、そもそも始まりが歪だからうまくいくわけがない。
しかも、そもそもこの人は国を治めたいわけではなかった(王としての気概があったわけではない)ので、まあ早々に破綻しますよね。
走り出してしまってもう自分で自分がどうしようもないことを、どこかでわかっていたんじゃないかなとも思います。
琅燦の存在は、良い意味で自分を偽らずに評価してくれる相手だから信頼できたのでしょう。
阿選って根っこは悪人じゃないから(というか真面目で純粋な人だから)、琅燦がいることで、自分の最後の領分を守っていたような感じがあります。
ただ琅燦は阿選のことが好きなわけではないので、良い感化を与えるためにいたわけじゃないのが、なんとも不思議な関係なのですが。
逆に終盤の、案作の策に乗る阿選は、どこか自暴自棄なところもあります。
というのも、張運に好き勝手させていたけれど自分の領域には踏み込ませない一線を保っていた阿選は、たとえ張運より一枚上手でも案作の策に乗るほど馬鹿ではないとも思えるからです。
なんていうか、「どうにでもなれ」的な感じもどこかであったように思います。
あと、7年のあいだに、(人としての)正常な判断力もだいぶ鈍ったのではないかなとも推測されます。そもそもが空っぽだったわけですから。
驍宗
阿選に比べると、驍宗は語るところがほとんどないんですが。
この人も超エリートなんだけど破天荒なところもあって、まあ阿選よりは周囲の好き嫌いが分かれるタイプですよね。
見た目と雰囲気で損をしている部分もあるんだけど、中身は意外と(意外とってなんだ)良識人。
周囲の自分に対する評価もそれなりに感じ取って、自分の弱いところもまあまあ自覚している。(ここが阿選との違いでもある。驍宗も大概プライド高いけれど、自分の弱みを認識できているのは大きい)
轍囲の一件でも、阿選は「驍宗が自分を嘲笑っている」と認識しましたが、驍宗本人の認識はむしろ逆でした。
阿選が驍宗を見ていた。
阿選の前で不甲斐ないことはできない。驕王の勘気よりも阿選の侮蔑のほうが何倍も耐え難かった。驍宗は命令を拒み、責を負って職を辞した。仙籍を返上し、鴻基を離れたかったのだ。(「白銀の墟 玄の月」第4巻P11)
いや、むしろめちゃくちゃ阿選のことを意識していますよ!
阿選が思っている以上に驍宗は阿選のことを買っていたわけですよ!!
結果的に、この後驍宗は黄海で朱氏に弟子入りして、そこでの人脈が王になったときに役に立っていて
この轍囲の一件は、ほんとうに両者にとって分岐点だったんだなあと思います。
驍宗が、完璧ですごい人というわけではないと思うんです。
むしろ、弱いところもちゃんと持っている。
でも阿選に比べて、自分の弱さを自覚できていること、物事の優先順位、この2点がやっぱり違ったんだろうなあと思います。
例えば函養山に閉じ込められているときにすら、折節の祀を絶やさなかったことや、いざというときに自分よりも仲間の身を優先させることなど。
もちろん手柄を立てることや出世も大事なことなんだけど、それが優先順位の上には来ない人なんですよね。
まとめ:阿選は悪人ではなくて、どこにでもいる人
いろいろ考察してみたんですが、阿選を結構掘り下げて見つめてみたときに
まあ、やったことは良くない(いや許せんレベルで。泰麒をいじめた人は敵です)けど
ある意味で気の毒な人だなあとも思えてきました。
阿選はどちらかというと、純粋な良い人で、例えば張運みたいな自分の利益だけを考えている人に比べると雲泥の差で優れている人です。
環境が違えば、彼は全然違う人生を歩んでいたと想像します。
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そして、自身のなかの虚無感に気づくこと。
それはとても残酷な事実だけれど、おそらく阿選がもっと成長できる大事なきっかけでもあったんじゃないかなとも思います。
「自分のなかに何も無い」と気づくことはある意味で恐ろしいことです。
対峙するべきは、驍宗ではなくて自分自身の内にある「自分」でした。
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阿選みたいに、ある日自分の虚無感に気づくって、それほどめずらしいことではないかもしれません。(よくあるとも言えないけれど)
そして、一見善良に生きていた人が道を踏み外すのも、実はそれほどめずらしいことではないのかもしれない。
生まれながらに悪人がいるというよりは、そういう何気ないところに転がっているもの。
まあ、阿選はだいぶこじらせた感はありますが(しかも周囲の巻き込み具合が半端なかった)、前よりはちょっと好きになりました。
結び
というわけで、1年越しで「白銀の墟 玄の月」の主要人物を、前シリーズから通して考察することができました。
読むのもそれなりに時間がかかったし(特に最新刊は初期の作品に比べると密度が全然違った)、考察も時間がかかりましたが
自分なりに、以前は見えていなかった人物像が開拓できて良かったです。
ここまで長い旅路にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
十二国記は新作の短編集が出る予定。いつになるのかわからないけれど、楽しみに待ちます。(2020年発売予定だったから、今年か来年くらいには出ると良いなあ)
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