陰の物語『丹生都比売』梨木香歩

 

※物語の内容に触れています。

感想

もう10年以上前に、一度読んだことがあります。

梨木さんの本は当時も好きでよく読んでいましたが、この本はそのなかでもずっと特別な存在でした。

 

歴史に疎いわたしには、天武天皇や持統天皇、壬申の乱などを聞いたことはあっても、それは知識として「聞いたことがある」程度。

 

初読の段階では難解でした。

たぶん当時の大部分は「よくわからない」が占めていたと思う。

 

でも、読後感は、えもいわれぬ思いが込み上げてきて、草壁皇子のことを考えると胸がいっぱいになりました。

よくわからないなりに、その溢れ出てきた感情を、当時の手帳に書き記した覚えがあります。

(残念ながらもう残っていないのですが)

 

長い年月が経って、改めて読むと、以前と違った気持ちになりました。

 

当時は、鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)の、母の恐ろしさに衝撃を受けたのですが(このひとことで言い表せないほどの衝撃だった)

 

今回読むと、草壁皇子と鸕野讃良皇女の、切っても切れない親子関係と、お互いにお互いの道を歩まざるを得なかった悲哀というのでしょうか

 

一見すると権力のために我が子の命をも厭わぬように見える恐ろしい母の

そういう道を進むしかなかった、我が子への愛情を持ちながら、それと相反するような自分のさだめに生きた鸕野讃良皇女(持統天皇)と、

 

それを知っても抗うことではなく、受け入れざるをえなかった草壁皇子の生きざまに

やはりなんとも言えない気持ちになりました。

 

今回は、鸕野讚良皇女のほうも、ほんの少し、理解できたような心持ちです。

 

この「丹生都比売」は、めずらしく梨木さんが巻末にあとがきを書かれています。

けれど、大津皇子の一生は、たとえ悲劇性に彩られていても、質的には持統天皇(鸕野讃良皇女)のそれとそう変わらないように思われます。同じように華やかで、主役の器なのです。草壁皇子のそれとはまったく違うものです。

(P193 あとがき—物語ができるまでのこと—)

 

大津皇子は、草壁皇子の異母兄弟です。

母は、鸕野讃良皇女と同腹の姉、太田皇女。

 

当時は姉妹で嫁ぐこともめずらしいことではなかったし、皇族内の近親婚もめずらしくなかった。

ちなみにこの姉妹の夫の大海人皇子(のちの天武天皇)は、彼女たちから見ると叔父(父である天智天皇の弟)にあたります。

 

物語では、草壁皇子が弓を持つだけでかぶれてしまうのに、大津皇子はいともたやすく弓を引いて一度で的に命中させた場面が描かれています。

 

母である太田皇女を亡くしている大津皇子は、この物語のあと、日嗣(いまでいう皇太子)になることなく、悲劇的な最期を迎えます。

この物語には直接登場しませんが、ときどき出てくる存在感から、草壁皇子とは真逆のタイプであることが窺えます。

 

つまり、鸕野讚良皇女も、大津皇子も、それだけでひとつのストーリーの主役になり得たる人たち。「陽」の人です。

鸕野讚良皇女は、天皇である父の気質を引き継いだ、大局を見据え行動できる器のある人として描かれています。

夫である大海人皇子(のちの天武天皇)より肝が据わっていそうな勢いです。

 

対する草壁皇子は、「陰」の人。

心根がやさしく、争いごとにはどこまでも向かない人。地味で目立たない、主役にはあまり向かない感じ。

 

もし映画とかつくるのなら、鸕野讚良皇女や大津皇子を主役にしてつくったほうが、物語として映えます。悲劇性のある大津皇子でも、悲劇の主人公が映えそうです。起承転結がとても鮮やかに、ドラマチックに描かれそうです。

でも、草壁皇子でつくると、盛り上がりに欠ける、ぱっとしない地味な作品になりそうな気がします。

(※映画はもちろんたとえです)

 

 

でも、この物語では「丹生都比売(におつひめ)」という存在が、草壁皇子とひそかにつながって、この一見地味でパッとしない登場人物の、奥底にひそむ輝きを静かに照らしてくれているように感じます。

それは小さくていとも簡単に消えてしまいそうな火ですが、でも誰かにとっては温かく柔らかく優しい気持ちになれるような、そんなともしびのように感じられます。

 

再び梨木さんのあとがきから

そういう、いわば、古代史上に黄金のように燦然と輝いている道ではなく、ひっそりと、けれど徹底して諦め抜く、魂の「錬銀術」のような過程も、当時からあったのではないかと、いつしか思うようになりました。

(P193 あとがき—物語ができるまでのこと—)

 

陽の光が燦然と強く輝けば輝くほど、対比されるように陰はどこまでも暗い闇を描きます。

それは優劣をつけるものではなく、単なる対比、切っても切れぬような対(つい)のようなものではないかと思いました。

 

つい、わたしたちは陽のほうに目を向けがちです。(それはとてもわかりやすいから)

しかし、陰のほうに目を向けること(一見わかりにくいもの)にも、同じくらい、価値があるのではないか。

 

そしてどうも、わたしはそちら側にとても惹かれるようだと思いました。

 

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