螺旋プロジェクトのご縁で読み進めております。
前回は原始時代の「ウナノハテノガタ」。
今回は古代(奈良時代)のお話。
※物語の内容に触れています。ネタバレが気になる方はご注意ください。
螺旋プロジェクト(第1弾)
「共通ルールを決めて、
原始から未来までの歴史物語を
みんなでいっせいに書きませんか?」
伊坂幸太郎の呼びかけで始まった8作家=朝井リョウ、天野純希、伊坂幸太郎、乾ルカ、大森兄弟、澤田瞳子、薬丸岳、吉田篤弘による競作企画です。
ルール1:「海族」vs.「山族」の対立を描く
ルール2:共通のキャラクターを登場させる
ルール3:共通シーンや象徴モチーフを出す
《螺旋プロジェクト作品一覧》
原始:『ウナノハテノガタ』大森兄弟 イソベリvs.ヤマノベ
古代:『月人壮士』澤田瞳子 藤原氏vs.天皇家
中世・近世:『もののふの国』天野純希 織田信長vs.明智光秀
明治:『蒼色の大地』薬丸岳 海賊vs.海軍
昭和前期:『コイコワレ』乾ルカ 都会っ子vs.山っ子
昭和後期:『シーソーモンスター』伊坂幸太郎 嫁vs.姑
平成:『死にがいを求めて生きているの』朝井リョウ 「生きてるだけ」vs.生産性
近未来:『スピンモンスター』伊坂幸太郎 配達人vs.国家
未来:『天使も怪物も眠る夜』吉田篤弘 眠り姫vs.睡眠薬開発者
※青字が海族、緑字が山族
※伊坂幸太郎さんの「スピンモンスター」は「シーソーモンスター」に収録されています。
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ちなみに2022年、螺旋プロジェクト第2弾が始動することが発表されました。
「月人壮士(つきひとおとこ)」簡単なあらすじ
756年、大仏を建立した先帝(聖武天皇・首(おびと))が亡くなったところから物語ははじまります。
中臣継麻呂と道鏡は、橘諸兄(たちばなのもろえ)の命を受けて、首太上天皇(聖武天皇)のご遺詔(天皇が、生前に死後のことについて指示した詔)を探すことになります。
あるのかないのかわからないご遺詔探しのために、ふたりは首太上天皇を知る人々から話を聞いてまわります。
様々な立場の人から語られることによって浮かび上がる先帝の姿とは——
感想
前回読んだ「ウナノハテノガタ」は、カタカナ固有名詞に泣かされましたが
今回は漢字固有名詞(というか人名)に泣かされました。
この時代の人物相関、ややこしい!
略系図(天皇家と藤原家の家系図のようなもの)が、冒頭に掲載されているので、それを何度も睨めっこしながら最初は読み進めましたよ。よ。
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螺旋プロジェクトの要。海族と山族の対立。
今回は、特定の人物というよりは
海族(藤原家)
山族(天皇家)
の対立軸として描かれています。
そして、この物語の中心人物である聖武天皇・首(おびと)さまは
山族である天皇家と、海族である藤原家の両方の血を引く人。
舞台設定が天皇家という現在まで続くお家柄なので(そう考えると改めてすごいですね)
あまり適当なことは言えませんが
両方の血を継ぐというのは、そうでない人にはわからない苦労があるんだなあと知りました。
これ。海族と山族というもので語られていますが
国同士の争いで政略結婚させられたり、
現代だとグローバル結婚で異国の人と結婚したり、
いろんなパターンに当てはまるのではと思いました。
思い出したのは「片子」です。
片子とは、昔話に登場する鬼と人間の子どもです。
片子は鬼の世界でも人間の世界でも、どちらでもよそ者扱いされる存在です。
首さまは、立場が天皇ですから、忌み嫌われたりよそ者扱いされることはないんですが(でも天皇家から見ての藤原家の血を蔑むのは普通にある。それくらいこの時代は天皇家の血統は絶対だったのです。近親婚もふつうにある時代…)
誰よりも高い地位にいるが故に、みんな言いたい放題な感じもする。
そう。これは、各々が自分から見た首太上天皇を「言いたい放題」する物語です。(超大雑把に端折ると)
そして、言いたい放題するなかで、首さまのその人の姿が浮かび上がってきます。
「海と山は決して混じり合いはしない。ならばあの首は結局、山の形を借りただけの不完全な皇子なのだわ」
P75 その二 円包女王(台詞は首の母宮子)
「異なるものとは、そう簡単に混じり合えるものではありません。(中略)だとすれば天皇でありながらあのようにお心を引き裂かれていらした首さまは、決して一つになれぬ海と山とを共に御身に抱えさせられた、この上なく哀れなお方なのでは」
P149 その四 栄調
「首さまはかつての大王の如く、天日嗣に連なる非の打ちどころのなき統治者ではない。山の形を借りた海、日輪の真似をした哀れなる月人壮士(つきひとおとこ)じゃ」
P327 その十 藤原仲麻呂
みんな好き勝手言いたい放題……
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本来出会わないほうが良い、出会うと対立を生む海族と山族。
その両方の血を継ぐ首さまは、対立という衝撃から生まれた新たな可能性の萌芽というより
どちらにもなれず、両方の葛藤をその身ひとつに引き受けなければならなかった人。
しかも、単純な片子(ハーフ)ではないんですね。
「その双眸は、なぜか濃い水の色に輝いておられた」(P279 佐伯今毛人)とあるので
おそらく、藤原家の血のほうが(外見には)濃い。
しかし、内なるアイデンティティは、天皇家の誇りが強い。
つまり首さまの身体(外側)と心(内側)で海族と山族の争いが!!?
しかもしかも、それが生まれてから亡くなるまでずーっと続いていたと!!?
そりゃあ、何度も遷都するしでっかい大仏を建てたくなるわけですな。
(※みんなが知っている東大寺の大仏は聖武天皇(首さま)がお造りになりました)
この時代の、複雑な人物相関。
そこに海族と山族の螺旋の物語がこんなふうに混じり合うのかと、歴史の物語の余地のハマり具合に感嘆しました。
しかし、最後の最後に、首さまが伝えかった遺詔。
ずっと目を背けてきた娘への愛情。
なんだか最後はぐっと込み上げるものがありました。
人物相関図にめげずに、読み進めるとこれまでにない世界を知ることができた心地です。
関連情報
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