近衛秀麿 亡命オーケストラの真実

 

近衛秀麿 亡命オーケストラの真実 菅野冬樹著 東京堂出版

 

「真説 孫子」のときと同様、新聞の書評からたどりついた一冊。

超個人的な感想ですが、これまでの点と点が線で繋がった一冊になりました。今回は、どんな点と点が繋がったのかを書くことで感想というかたちにしていきます。

最初の点

はじめに、わたしは10年ほど前にユダヤ人のことに興味を持って、いろいろ文献を読み漁りました。強制収容所での体験もあれば、アンネ・フランクのように隠れていた人の体験、逃げていた人の体験、色々です。有名な人もいればそうでない人もいましたが、主にユダヤ人側から見たホロコーストにまつわる文献です。

なんでそんなに読み漁っていたのか、うまく言葉に言い表すのはむずかしい。気になったらとことん突き進んでいく性分なのはここでも反映されていました。

 

ただ、ほんとうに個人的興味の範疇だったので、ある程度歴史的流れは把握しているものの、具体的には繋がっていない部分もありました。点がいっぱい散らばっている感じです。

というのも、体験やその時のその人(主にユダヤ人)の感情に焦点を当てていたから。外的な事実(何年にこれがあって、この当時の国家間の動きは どうだったかなど)は二の次だったからです。

 

ユダヤ人音楽家の点

わたしが読んだ文献の中にユダヤ人音楽家のものが2冊入っていました。

1冊は、強制収容所内で、オーケストラに所属していた姉妹の体験談です。

チェロを弾く少女アニタ―アウシュヴィッツを生き抜いた女性の手記

 

もう1冊は、逃げに逃げてなぜかオーケストラの指揮者として活躍したすごい綱渡り的な人の話。

せめて一時間だけでも―ホロコーストからの生還

 

ちなみに、この両者、実は知り合いでちょろっとエピソードが邂逅します。

 

映画で派生した点

文献に比べるとそんなに熱心ではないけれど、映画も少し観ました。

有名すぎる作品ばかりです。

 

「シンドラーのリスト」

 

「戦場のピアニスト」

 

ごくごく最近でいうと

「杉原千畝 スギハラチウネ」

も観ました。

 

音楽家という視点からいくと、「戦場のピアニスト」ウラディスワフ・シュピルマンはとても有名ですよね。

 

シュピルマン オリジナル・レコーディング

 

シュピルマンのショパンの夜想曲第20番嬰ハ短調も収録されています。

 

「戦場のピアニスト」から派生した点

「戦場のピアニスト」から、息子さんのクリストファー・シュピルマンさんが書いた「シュピルマンの時計」も読んだし、その作品がきっかけでショパンの夜想曲もCDを買いました。

シュピルマンの時計

 

もともとクラシックは明るくないので、シュピルマンに出会わなかったらショパンを聴くこともなかったのかもしれないと思うと、どんなところに縁があるかわからないです。

ショパン:夜想曲全集

 

ちなみにわたしの持っている夜想曲はアシュケナージです。

こころを落ち着かせたいとき、ショパンの夜想曲を聴きます。

 

さらに関係なさそうな「海辺のカフカ」の点

 


海辺のカフカ (上) (新潮文庫)


海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

 

これまでの流れと全然関係ないのだけれど、村上春樹さんの「海辺のカフカ」に、ルービンシュタインの演奏する『百万ドル・トリオ』(ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番《大公》、大公トリオとも呼ばれている)というのが登場します。

クラシックに全く縁のなかったホシノくんという青年が、たまたま四国の喫茶店でこの曲と出会います。

当時わたしはこの百万ドル・トリオが欲しかったのだけれど、うまく手に入れることができず、大島さんが『美しくバランスがとれていて、緑の草むらをわたる風のような匂いがします』(海辺のカフカ下巻 P329)と評したチェコのスーク・トリオのCDを書いました。ちなみに今それを聴きながらこの記事を書いています。

 

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番<大公>

 

<後日談>

ルービンシュタインの百万ドルトリオも手に入れました。

スーク・トリオと全然違う! 同じ曲だけれどこちらは個性と個性のぶつかり合いという感じで、面白かった。

 

ベートーヴェン:大公トリオ ほか

 

あと、これを書いていて思い出したのだけれど、カフカくんが山荘で大島さんの書いたメモ書きを見つけたのは、アイヒマンの裁判録でしたね。

 

これまでの点と点が線で繋がった体験

と、これまでの自分のなかにあったいくつかの点が、今回この本を読むことで綺麗に線を描いて繋がりました。

近衛秀麿という、わたしは全く知らなかった日本人指揮者によって、です。

なんというか、縁というか不思議な結びつきをいただきました。

 

まず、音楽というものがこんなにも影響力を持つものだということに驚いた。戦争と音楽は、全く関係のないものと思っていた。しかし、アウシュヴィッツにもオーケストラが結成されていたように、死のギリギリのところにあっても、文化的なものは、だからこそ余計に必要なのかもしれない。

うまく言えないのだけれど、芸術はお腹を満たしてくれるものではないけれど、こころを満たしてくれるものです。そして、そういうものの価値というものを、戦争という状況下においてさえ、なきものにはできない。

 

そして、近衛秀麿さんが行ったポーランドでの幻のオーケストラ。この謎に筆者は丹念に調査に調査を重ねて、真相に迫るんですが、その信念には脱帽です。使命を持った人だと思います。

 

で、わたしはポーランドでのユダヤ人の扱いについては、映画やら文献やらで知ったのですが、当時のポーランドでのポーランド人の扱いの酷さというのはよくわかっていませんでした。

戦場のピアニストのあの場面がこういう意味だったのかとか、やっと繋がりました。

 

だからこそ、その秀麿さんが行った幻の、記録にも残されていないポーランド人によって結成されたオーケストラのコンサートの意義が出てくるわけです。

また、秀麿さんと縁故のあった音楽家の中には、ルービンシュタインもいました。

 

調査の中で、なんとシュピルマンも秀麿さんと繋がりがあったのです。

具体的な繋がりは戦後の来日時のものですが、シュピルマンと組んでいた音楽家がその幻のオーケストラのメンバーだったという噂が。息子さんのクリストファーさんも筆者と面会しています。

 

そして、本の中では「コンセール・コノエ」なる近衛秀麿が主催したオーケストラの核心に迫ります。

この「コンセール・コノエ」はドイツ軍が占領するフランスとベルギーを巡り、メンバーは主にフランスなど当時ドイツの占領下にあって音楽活動が制限されていた音楽家たちです。確かなことは言えませんが、ユダヤ人も混じっていた可能性があります。

そして、この一見ドイツと同盟を組む日本からやって来た日本人によるドイツ側のオーケストラは、ドイツ領を巡りながら、ユダヤ人を国境から逃すこともやっていたというのです。

つまり、題名の「亡命オーケストラ」の名前はここから。

 

なぜ不確かか。これは杉原千畝の功績が戦後すぐではなく時間差があったことにも通じるところがあります。

 

行われたことに対して、皆がきちんと口をつぐんでいたからです。戦時中はもちろん、戦後でさえもそれは当人たちにしかわからないような暗に隠されたメッセージで伝えられています。

 

筆者はその暗号のようなメッセージも丹念に解読しています。ある種のミステリ小説を読んでいるかのようです。ゆえに、著者の推測も混じっていますが、丹念な調査の結果得られたある程度の信憑性のある推測です。

 

この、人の持つ二面性。日本的にいうと本音と建前を使い分けたことが、なんというか、命がけでそれをやってのけたこと。それは勇気なんて言葉でいうのはものすごく陳腐に聞こえてしまう。

そして、これは秀麿さんだけの功績ではないのです。

背景には、同様に口をつぐんだ音楽家や、亡命に協力したレジスタンス、多くの人たちがいたのです。

 

「戦場のピアニスト」でもシュピルマンを助けるために多くの人が関わります。

 

これはうろ覚えだけれど、冒頭に紹介した「せめて一時間だけでも ホロコーストからの生還」に登場するコンラート・ラテも、多くのドイツ人の協力があって生き延びたのだと、最後の解説でそのことについて触れられていました。

 

もうすごく恥ずかしい話なのですが、わたしは物事をマクロな視点からしか見ていなかった気がします。ミクロな視点では、すべての人が戦争に賛同しているわけではなかったのだと、こんなところから知りました。

そして、その意味において、人の持つ二面性(本音と建前を分けること)は存分に発揮されて良いと思いました。本音を表立って主張すれば、逮捕されて下手をすれば命を落とすことになります。

 

あと最後になりましたが、これまで全く知らなかった近衛秀麿という人を知ることができたのと同時に、そのお兄さんの近衛文麿も知ることができたのは思わぬ効用でした。名前しか知らなかったので、この本を読んでもっと知りたいと思うようになりました。

単純に亡命オーケストラだけに限らない色々なエッセンスの詰まった本です。ここに書ききれないくらい、まだまだたくさんの事柄が詰まっています。

良書だと、思いました。

 

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